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プラットホームの幽霊


 プラットホームに、幽霊が立っている。
 そんな噂が囁かれはじめたのは、その年の春だった。
 幽霊は、何をする訳でもなく、ただプラットホームの端っこに立っているだけだという。少女の姿をしている。数年前に、その場所から列車の前に身を投げ出して死んだ少女がいた。その少女の霊ではないかと皆は噂した。
 少女は、通っていた中学校で、虐めにあっていた。例によって学校側はそのことを否定したが、数々の証言、また彼女が残したメッセージによればどうやらそれは事実であった。
 死人に口無し。そのことを関係者は最大限に利用した。結果、一人の少女が死んだにも関わらず、誰ひとり罰せられることはなく、誰ひとりとして責任を負うこともなかった。少女の両親は、そんな土地柄がすっかり嫌になり、葬式が済むとほどなくどこか遠くの町へと引っ越してしまった。そのことでまた、胸を撫でおろした人間が多数いたことはいうまでもない。
 しかし、どうやら少女の霊だけはそのことを忘れてはいなかったようだ。恨みはそれほど深いのである。
 幽霊が出現したことで、嫌な記憶が掘り起こされ、精神を病む人間が何人か出た。中には本格的に精神に異常をきたす者もいた程である。そういう奴らは、当事者なのだ。直接手をくだしたも同然なのだから、そうなっても仕方がない、と人々は噂した。
 そのように、精神を病む人間が多数出たにもかかわらず、少女の幽霊はいなくならなかった。果たして彼女は何を訴えたいのか? そういう議題が、町の議会で論じられることになった。対策として、著名な女霊能力者が呼びよせられた。しかし…
「私にはこの件はとても対処できません」
 と言い残し、彼女は現場から逃げるように去って行った。顔色は蒼ざめ、おびただしい汗をかいていたという。その後も、有名無名の数多くの霊能者が呼び寄せられたが、全て同じ結果に終わった。つまり、それ程少女の霊が強力だったということだ。
 霊能力者作戦が失敗に終わると、今度は高名な僧侶や神職が呼びよせられ、お祓いがとり行われた。しかし、中にはお祓いの最中に具合が悪くなってしまう僧もいたりして、結果は惨憺たるものだった。キリスト教の神父も呼ばれたが結果は同じだった。
「こうなった以上、公表することにしよう」
 ある日町長は決断した。幽霊の存在を公にし、全国、ひいては世界から救いの手が現れるのを待つという作戦である。
 しかし、これには虐めがあった中学の校長が激しく反対、抵抗した。父兄たちも校長にならった。学校の価値が貶められるというのである。そんなものは町の恥だと言い出す者もいた。PTAの有力者だった。その夜、有力者の枕元に幽霊は現れた。現れたといっても特に何もせず、何も言わず、ただ冷たい目でその男の顔を見下ろすだけだったという。しかし有力者はパニックに陥った。顔色は蒼ざめ、食欲は衰え、遂には入院した。有力者は日に日に病状が悪化し、やがて息を引き取った。亡くなる時の顔は苦悶に満ちたものだったという。両腕は宙を掻きむしり、そのままの姿勢で息絶えていた。もはや町長の決断に異を唱える者はいなかった。地元の新聞記者が呼ばれ、くだんのプラットホームまで連れて行かれた。幽霊は日常のようにその目の前に現れた。はじめは半信半疑だった記者も、その存在を認めざるを得なかった。幽霊は記事となり、やがて全国のマスコミが殺到した。それに伴い幽霊を見たいという野次馬も現場を訪れるようになり、これ迄一人として存在を知ることもなかったような町は一躍有名になりバブル景気に沸いた。週刊誌は「誰が少女を殺したか?」という特集記事をこぞって組み、犯人探しが行われた。虐めの主犯だった女性はたちまち住所を特定され記者が殺到した。虐めグループのメンバーも同じ目に遭う運命だった。彼らの人生、日常生活は滅茶苦茶になった。主犯格の女は離婚し、何処かに姿を消した。町に残り平穏な暮らしをしていた虐めグループのメンバーたちも只では済まされなかった。マスコミの追及は執拗だった。強い者には弱いが弱い者には強いという彼らの特質が遺憾無く発揮された。私生活が暴かれ、子供は虐めに遭い、親は職場から追放された。それもこれも、ひとえに少女の幽霊が美しかったせいである。美少女だった、とにかく――しかし、写真には写らない。実体が無いのである。そもそも幽霊には実体が無いのだ。あるとすればそれは幽霊ではない、何か別の物なのだ。
 やがて幽霊は日常となった。日常となれば、現金なもので人々の関心は薄れていった。幽霊は今日も、プラットホームに立っている。何も映し出さない、虚ろな目を見開いたまま。

 (了)


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