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【小説】イエローディープ
※この物語はフィクションです。細かい設定は実際と異なるものがあります。
風が少し開けた窓をすり抜けて、カーテンを揺らす。
『なにぼーっとしてんだよ』
『もうくすぐらないでよ』
あの子、あんなこと言いながらも楽しそう。
私もそばの席だったらよかったのに。そうしたら一緒に風にくすぐられながらカーテンと笑い合えるのに。羨ましい。
「…さん。…山吹さん?」
「あ、すみません…」
「36頁の主人公の気持ち、あなたはどう考えましたか?」
あまんきみこ、という人の『ちいちゃんのかげおくり』と言うお話だ。戦時中に家族と離ればなれになったちいちゃんが、かげおくりを通じた家族との思い出と共に空に昇っていく話だ。今はちょうど、物語の終わりの方をやっている。
「あの…」
「ぼーっとしてるさぼりのやーまぶきーさーん」
「武田くんやめなさい。授業中ですよ。」
私は自分の考えをあまり話したくない。考えるのもお話の中の人の気持ちになるのも大好きだ。でもそれをみんなに話すと、それっておかしいよ、と言われてしまう。私はどうやらおかしいらしい。
「あなたの気持ちを聞かせて?」
さおり先生は優しかった。
「…あの、
ちいちゃんが最後にみたかげおくりの空は、きっと空色じゃなくて、あんな風な黄色だと思いました。」
私はそういって教室のカーテンを指差した。さっきから風に遊ばれてゆらゆら笑っているカーテンを。
「空があんな色なわけないじゃん!変なやつー」
教室中が戸惑いに包まれたが、さおり先生と親友の美央ちゃんだけは笑わずに聞いてくれていたので、私は続けた。
「…空の色はきれいだけれど、少し悲しい青だから…。…ちいちゃんと家族の時間は…、ああいう…黄色が暖かいから…。」
とうとうクラスの人たちは笑い出した。それが楽しい笑いじゃないことくらい私にも分かった。私は空の青い気持ちになって泣きそうになった。
「…山吹さん」
「…はい」
さおり先生はしっかり私をみて笑った。
「国語もお勉強ですから、問いと答えが用意されています。物語の作者が、どんな気持ちで書いたのか、何を伝えたかったのか、これは相手を理解するための大事なお勉強です。
けれどね、本当は物語に触れるのに答えなんて必要ないの。そのお話を読んで嬉しくなっても悲しくなってもいいのです。
みんなも覚えていて。
それはあなたがたの大事な感性です。心です。
まずはあなたがたがどう思ったのか。そして相手がどう思っているのか。その2つは一緒じゃなくてもいいのです。けれど、違う感性を分かってあげられる人になりなさい。」
教室は静まり返った。難しい言葉が多かったけれど、さおり先生がとても大事なことを私たちに伝えてくれたその気持ちが、クラスをひとつにしていった。
「難しかったかしらね。」
さおり先生の笑みは珍しくいたずらっぽかった。
そんなとき、チャイムが鳴った。次の時間は体育だ。
「途中で終わってしまったので、次の国語でやりましょう。そうだ、みなさんに宿題を出します。この物語を3つに分けて、それぞれに色をつけてください。折り紙でも絵の具でもクレパスでもいいです。画用紙に好きなように描いてみて。次回発表してもらいます。」
クラスは再びどよめいた。みんなどうしていいか分からないみたいだった。でも私はこの宿題を聞いてとてもわくわくした。なぜなら、すでに頭のなかでやっていたことだったからだ。
「図工じゃないのに?」
「国語だからですよ。」
今日の号令係は小さな声だったから気の早い子はもう体育の準備に外に出始めていた。
いつもならゆっくり教科書をしまうのだが、今日は机の上をそのままにさおり先生を追いかけた。
「…先生、さおり先生」
「…あら、どうしたの?」
さおり先生はこういう時生徒の目線にしゃがむ人ではなかった。あくまで先生としてのその目線はなぜか私には心地よかった。
「……………」
言いたいことがたくさん出てくる。自分の話を聞いてくれたこと。大事な話をしてくれたこと。宿題が楽しそうなこと。感謝。期待。希望。
沈黙に耐えきれずに一番喉のそばにいた質問を出した。
「教室のカーテンの黄色は何色って言うんですか」
先生ははてと考え込む素振りを少し見せてから、納得したように笑った。
「あなたにぴったりの色よ。」
あんな明るい色が私に合うわけないけれど。
先生は手元に目を移し、
「ちょうど同じ色の付箋があったわ。今かいてあげるから少し待っていて頂戴。」
先生は透き通るようなガラスの万年筆でさらさらと書き始めた。
「体育、遅れるわよ。急いで準備しなさいね。」
そこに書いてあったのは英語と漢字だった。英語はよくわからなかったが、漢字の方はよく読めた。私は目を見開いて顔を上げたが、そこにもうさおり先生はいなかった。
『YELLOW DEEP
--山吹色』