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光の中に落とす 【ショートショート】

別の部屋で父ちゃんと母ちゃん、弟と妹が寝ている。

岡山の田舎町に新しい家が建ち、僕専用の部屋が用意されて3ヶ月がすぎた。
「心配せんでも1人で寝れるけぇ。大丈夫じゃ。」
もう小学5年生になる手前、格好つけてそう両親には伝えた。
そして夜になると、独りで息を潜めることが幼い頃の僕の日課になった。

最初の頃は、CDプレイヤーで音楽を聴いたり、ラジオを聴いたり、本を読んだりしていた。しばらくすると、そのどれもに飽きてしまった。

枕元に置いたスタンドライトに光をつけ、床にティッシュを数枚置き、自分の頭をゆっくり指でかきなでる。光の中で頭皮から剥がれたフケがゆっくり落ちる。
それをじっと見つめ、繰り返すことで静かな夜から逃げるようになった。

「お風呂で髪を洗っとんのにフケが治らんのはなんでじゃろうな?」
母ちゃんはよく言っていた。
「治る」という表現に僕は違和感を覚えつつも、どうやら母ちゃんにとってフケが不衛生なものであることに気づいた。

大人になった今、母ちゃんが言ってたことは理解できる。それに、僕自身も不衛生に見られるよりは良いからと清潔感を日常生活の中では意識している。

でも本音を言うと、幼い頃に見ていたフケは、光の中で何よりもきれいに見えた。ただ落ちていくだけの様が、僕を何か大きなものから解放してくれた。
乾燥する季節の変わり目、自然発生的に一時的にフケが出ると、今でも夜中にこっそり、昔と同じことをやっている。そして、繰り返し安堵を覚える。

フケはもともとはその人の体の一部であったわけだから、好きな人のものなら尚更、手に入れたくなる。僕は女性の頭皮の匂い、髪を撫でる時の指が特別好きだ。特に頭皮の匂いは1日仕事を終えた日の夕方のものがいい。

体から離れた瞬間に、フケが不衛生な扱いをされるのを見ると寂しくもなる。と言いつつ、自分も日常生活では清潔感を装っているわけだから、人間はやっぱり信用できない。。

真っ暗な部屋の中、布団に寝そべり、スタンドライトで照らされるフケが愛おしいなんて話は誰にもしたことがない。妻にも親しい友人にも、もちろん両親にも。自分にとって大切なものが世間で嫌われていることも知っている。だから、誰にも言わないし、これから言う事はない。自分が本当にきれいだと思うものの価値は変わらない。

「何をこんな夜中に考えとるんじゃ。当たり前のことじゃ。ワシらが分かっとったら、それでええじゃろうが。」

幼い頃の僕が、大人の僕に語りかけてくる。
その通りだと思った。

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