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これはIT業界版『ハスラーズ』にはならないのか?

2月に聴いて興味深かったオーディオブックをもう1冊挙げたいと思います。

アメリカの「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙のジャーナリスト/ジョン・カレルー(John Carreyrou)による、ノンフィクションです。

最新医療やIT業界とは無縁の私でも、何年か前に「たった1滴の血液で、あらゆる疾患がわかる血液検査が近い将来に実用化される」というニュースは聞いたことがありました。それを開発していたのが、この本の中心人物、エリザベス・ホームズ率いる、シリコンバレーの医療ベンチャー企業、セラノス(Theranos)です。

シリコンバレーで「スティーブ・ジョブズの再来」ともてはやされていた彼女でしたが、セラノスの実情はジョブズが成し遂げたイノベーションとは程遠いものでした。結局、2018年に彼女は詐欺罪で連邦検察に起訴。今年の夏に裁判が開始される予定で、有罪が確定すれば最高で懲役20年と言われているとか。

彼女の(そしてセラノスの)化けの皮を剥いで、新聞の記事で発表したのが、まさにこの作者なのですが、その綿密な周辺取材が素晴らしいです。エリザベス本人と、彼女のパートナーでセラノスのナンバー2だったサニー・バルワニ、そして騙されてしまった超大物資金提供者以外の主要関係者から実際に聞いた話をもとにしているので、脚色は一切ないでしょう。

この本では、彼が得た数々の証言から、エリザベスの人物像が浮かび上がります。

外見は金髪、ブルーアイズ。見つめられながら彼女の話を聞いていると、誰もが惹きつけられてしまう。

印象的な低い声。

ジョブズを意識した、黒のタートルネック姿。

そして、”セラノスが開発したデバイスによる簡単な血液検査で、誰もが適した医療を受けられるようにしたい”という、高い理想と強い情熱。

そうしたカリスマ性を持つ反面、彼女の下で働く人々に対しては、パワハラ丸出し、無茶ぶりの嵐で、ものすごーく嫌な女です。

実際に詐欺罪で起訴されているわけだし、血液検査用に開発していたデバイスも完成せず、企業の性格上、実験なども細心の注意を払って行わなければいけなかったのに、結果を焦るあまり企業倫理面でも問題行動があり、彼女のパワハラが原因で命を落としてしまった従業員もいたので、このノンフィクションで彼女が悪役なのは当然です。

このストーリーは、ジェニファー・ローレンス主演で映画化されると聞いています。どんな描かれ方がされるのかわからないけど、「シリコンバレーという男社会」で、女だからと目の敵にされるような形で、彼女を吊し上げるのだとしたら、つまらないなと思います。

彼女のやったことは犯罪だし、亡くなった人もいるので、賞賛する気はもちろんないけど、それでもやっぱり彼女という人物には興味を惹かれます。

だって、詐欺罪の金額が、7億ドル弱ですよ? 日本円にして750億円弱。それを彼女がほぼ自力で集めているわけです。最初は両親の裕福な友人など、身近な人々からでしたが、やがてはジョージ・シュルツ元国務長官、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ルパート・マードックなどなど、超大物(おじさん〜おじいさんばかり)から資金を集め、ウォルグリーンやセイフフェイといったアメリカの大企業(これも率いているのが、おじさん〜おじいさんたち)とは業務提携し、資金援助も受けていたのです。

公私にわたるパートナー、サニー・バルワニも彼女よりもずっと年上だったし、何か彼女には特殊な魅力・能力があったのではないかと思うのです。それだけでなく、敵とみなした人物に対しては、アメリカでももっともやり手と言われる弁護士を雇って闘います。その強気なところも人並外れているのです。だから、このノンフィクションを聴いた後で、俄然興味を持ったのは、彼女の視点からだと、この話はどんなストーリーになっただろうということ。権力も富も手にした男たちから、多額の資金援助を受けていた彼女の野心、本心とはどんなものだったのか? 

2018年に行われた訴訟では、和解の結果、50万ドルの罰金を支払い、自身が所有するセラノス株の放棄(どちらにしろ紙クズでしょうが)、今後10年間は上場企業の役員や取締役への就任を禁じるという内容だったそうです。

え? そもそもまだ役員や取締役で彼女を雇う会社があるのか?という気もするのですが、日本だったら、彼女の悪事がバレた時点で、社会的に完全に抹殺されるのでは? アメリカで彼女が現在どういう立ち位置なのかはわからないけど、この訴訟結果のみで判断すると、彼女にはまだ復活の道が残されているのかな、という気がしました(夏の裁判の判決によっては、かなり厳しいものになりそうですが)。

そして、気になって思わず現在の彼女をググってみたら、同世代のイケメンのフィアンセがいて、幸せそうでした! (彼はアメリカ西海岸を中心にホテルチェーンを経営する家の御曹司らしい。)エリザベス、もうすぐ懲役20年になるかもしれないのに、この「今を生きる」マインドはすごいな、強いなと感心。有罪になっても、獄中日記とか回想録とか出して、這い上がりそうなタイプですね。



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