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巫女伝承「旭神子」を解く

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名取老女にはもうひとつの顔をもつ「旭神子(あさひみこ)」がいます。なぜ、熊野の名取老女はアサヒと融合したのか?旭神子の伝承を紐解く民俗学の世界へ。
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気仙沼:補陀寺の旭神子

気仙沼:補陀寺の旭神子

旭神子開山の補陀寺補陀寺は、寺伝によると寛平2年(890年)、
天台宗の補陀寺と号して赤坂小沢田に開かれたと伝えられている。
保安4(1123年)、名取の老女(旭神子)が、名取郡に熊野三所権現を勧請し、奥州を巡礼して三十三ヶ所の観音堂を建立、補陀落寺を三十番札所と定めたという。

『その後、廃絶したのを葛西家臣で細浦館主熊谷直元公が文亀元(1501年)正法寺九世虚窓良巴禅師を招いて細浦に曹洞宗補陀

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