「〜の推薦に基づいて……が任命する」の裁判例その2

その1はこちら

「〜に基づいて……が任命する」という文言から任命権者の裁量を解釈することを試みる人が居るので、だったらそういう規定について判示した裁判例を示そう、という試み第二弾です。

労働組合法
第十九条の十二 
3 使用者委員は使用者団体の推薦に基づいて、労働者委員は労働組合の推薦に基づいて、公益委員は使用者委員及び労働者委員の同意を得て、都道府県知事が任命する

労働組合法施行令
第二十一条 都道府県知事は、法第十九条の十二第三項の規定に基づき使用者委員又は労働者委員を任命しようとするときは、当該都道府県の区域内のみに組織を有する使用者団体又は労働組合に対して候補者の推薦を求め、その推薦があつた者のうちから任命するものとする。

内閣総理大臣の中央労働委員会の委員の任命についても同様の規定です。

労働組合法19条の12について判示した裁判例

長野地方裁判所平成9年12月25日判決平成8年(行ウ)4号
第三 当裁判所の判断
二 損害賠償請求について
1 知事による労働者委員の選任は、労働者を代表して労働者委員としての責務を適正に果たしうる者であるかどうかという観点から行われるべきものであるが、労働組合の推薦を得ていない者、一定の欠格事由のある者を労働者委員に任命することができないという制約があること以外に法規上その選任基準について何の定めもない。それは、右のような観点からの候補者の評価は、その性質上判断要素が多岐にわたる上、一定の価値基準に基づいて一義的に判断することができるものではないため、予めその判断基準を定立することには困難を伴うことから、住民の直接選挙により選出され、都道府県を代表する地位にあり、その職責上、右の判断を適正にし得る立場にあると考えられる当該都道府県知事の健全な裁量的判断に委ねたものと解される。そうすると、労働者委員の任命は、都道府県知事のが、いわゆる自由裁量行為として、自己の責任のみに基づいてこれを行うものと解すべきである。したがって、知事による労働者委員の選任については、当不当の評価はあり得ても、知事がその権限を明らかに踰越して行使し、又はこれを濫用したなど特別の事情の認められない限り、違法の問題を生ずる余地はないものというべきである。

長野地裁は知事に裁量があるべき実質的理由を住民の直接選挙により選出され、都道府県を代表する地位にあることに求め、「いわゆる自由裁量」と言っています。

「権限踰越又は濫用などの特別事情が無い限り~」というような判示は、静岡地裁の事案でも同様でした(内容控え忘れ)

千葉地方裁判所判決 平成8年12月25日 平成4年(行ウ)8号/平成4年(行ウ)22号/平成6年(行ウ)24号
(一) 前述のとおり、労組法上労働者委員の選任は労働組合の推薦に基づくものとされているが、このように指名等の文言ではなく推薦という文言が用いられていることにかんがみると都道府県知事には地方労働委員会の労働者委員の任命について裁量権が与えられているものと解せられる。
 そして、労組法は、公益委員の任命については特に規定を設け、一定数以上の委員が同一の政党に属することとなってはならない旨規定しているが(十九条の十二第四項、十九条の三第五項)、労働者委員の任命については、<1>労働組合から推薦があった者で、かつ、<2>十九条の四第一項所定の欠格事由に該当しないものであることの外は、任命基準について何らの規定も置いていない。そうすると、労働組合の推薦がない者を労働者委員に任命することが許されないのは当然のこととして、労組法が労働組合による推薦制度を設けた前述の趣旨(前示1(二))に照らせば、労働組合から推薦された者全員を審査の対象として、その中から任命権者において労働者全体の利益を擁護するにふさわしいと考えられる者を任命しなければならないから、労働組合から推薦された者の一部を全く審査の対象にしなかった場合には、右推薦制度の趣旨を没却するものとして、裁量権の逸脱があるものといわなければならない。しかし、推薦された者が審査の対象とされたと認められる以上、労働者委員の選任に当たり、推薦母体たる労働組合の系統別による委員構成が考慮されず、何期にもわたって特定の系統の労働組合の推薦候補者が全く労働者委員に任命されなかったからといって、直ちに裁量権の逸脱・濫用があるということはできない。

千葉地裁は「指名等の文言ではなく推薦という文言が用いられていること」から、知事の裁量を認めています。

その後の記述は労組法の仕組みから解釈をしていますが、「指名等ではなく推薦という文言…」の部分は事案とはまったく独立した一般的な解釈の仕方として述べています。

札幌地方裁判所判決 平成28年7月11日 平成27(行ウ)13
処分行政庁の裁量権の逸脱,濫用について

検討の枠組み
前記1⑵アで述べたように,労組法19条の12第3項によれば,都道府県労働者委員の任命権者である都道府県知事は,労働組合の推薦を受けた候補者の中から労働者委員を任命しなければならないとの制約が課せられているほか,労組法19条の4第1項で労働者委員の欠格事由が定められていることを除いては,その任命権の行使を制約する規定は存在しない。このような労組法の規定に照らせば,労働組合の推薦を受けた候補者の中から,誰を労働者委員に任命するかは,都道府県知事の自由な裁量に委ねられていると解するのが相当である。

札幌地裁も「知事の自由な裁量」としています。

福岡地裁は裁量の逸脱が認められた事例ですが、前段階で以下判示。

福岡地方裁判所平成15年7月18日判決平成13年(行ウ)37号
3 争点(5)(被告知事の本件任命処分による原告らに対する不法行為の成否)について
(1)本件任命処分が被告知事の裁量権を逸脱してされたものか否かについて
ア 前示の通り、労組法上、知事は、労働組合の推薦に基づき労働者委員を任命するものとされており、指名という文言ではなく推薦という文言が用いられていること公益委員の任命基準については、一定数以上の委員が同一の政党に属することとなってはならない旨の規定があるが(労組法19条の12第4項、19条の3第5項)、労働者委員の任命基準については、労働組合の推薦を受けていない者及び労組法19条の4第1項所定の欠格事由がある者を任命することができないという制約があるほかは、法令上何ら規定がないことに照らせば、知事は、労働組合の推薦を受けた者のうちからいかなる者を労働者委員として任命するかにつき、裁量権を有すると解するのが相当である。
しかしながら、前示の労働者委員推薦制度の趣旨にかんがみれば、知事は、労働組合から推薦された者全員を審査の対象にしなければならないから、労働者委員の任命に際し、推薦された者の一部をまったく審査の対象としなかった場合や、形式的には審査の対象としながらも実質的には特定の被推薦者についてまったく審査をせず、あるいは、特定の系統に属する労働組合推薦の候補者を労働者委員から排除することを意図して、特定の系統に属する労働組合推薦の候補者であるという理由だけで労働者委員に任命しなかった場合は、当該任命処分は、労働者委員推薦制度の趣旨を没却するものとして裁量権の逸脱にあたるというべきである。

やはり、「指名という文言ではなく推薦という文言が用いられていること」を知事に裁量があることの根拠としています。

これまでの裁判例もそうですが、「全く審査の対象としなかった場合」「特定系統の排除意思」などの場合は、裁量権の逸脱とされるような判示になっています。

「〜の推薦に基づいて……が任命する」

結局、「〜の推薦に基づいて……が任命する」という文言が用いられているからといって、任命権者の裁量が無いと言えるかというと、むしろ反対の判示しか出てきませんでした(ほかの検索システムだとどうなのか…)。

もっとも、問題視されている日本学術会議関連は、法体系も異なるものなので、文言解釈のみからは導けないということは以前も指摘した通りです。

以上

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