安西・西浦論文が伝えたかったこと、についての推測

“Go To Travel” Campaign and Travel-Associated Coronavirus Disease 2019 Cases: A Descriptive Analysis, July–August 2020 by Asami Anzai andHiroshi Nishiura

筆頭著者を安齋麻美とする西浦博らのGo Toトラベルと感染拡大の関係について調べた論文について。

「どう理解するか」については次項の飯田泰之氏の論考を見ていただくとして、「どう捉えるべきか」について以降で私見を書いていこうと思います。

安西・西浦論文はGo Toトラベルと感染拡大の因果関係を示していない

ここまで見てきたように,当該論文には「GoToキャンペーンによって旅行由来の感染が増加した」ことを示す機能はないと考えられます.Go Toキャンペーンによって旅行由来の感染が減ったという証拠にもならないと思いますが・・・正直なんらかの結論を引き出すことができるほど意味のある情報ではないという解釈が正当と思われます.
 なお,一部報道で大きく取り上げられた観光由来の感染が6.8倍という数字は旅行あり感染者のうちの「観光目的の旅行をした」人数を一日あたりになおすした数字が基準時点(1a)の6.8倍になった‥‥という計算から来ています.しかしですね……連休が一回もない6/22-7/21の30日間と4連休とその前日にあたる7/22-26では一日平均の観光旅行人数自体が大幅に異なります.比較する意味のある数字なのか疑問.

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つまり、この論文の結果を述べるのに、「Go Toトラベルが感染拡大に寄与した可能性がある」と言う事は非常に違和感がある、ということです。

では、この論文はいったい何を言いたかったのか?

というのが本エントリで推測したいことです。

Go Toトラベルと感染拡大の関係より報告・情報開示の問題提起が重要では?

Four limitations in this study should be acknowledged. First, our datasets involved reporting bias that may have varied by prefecture. Although the government has announced the essential policy regarding their disclosure of information over diagnosed cases [25], the extent of information disclosure has varied widely according to prefecture. For example, the Tokyo Metropolitan Government does not disclose detailed information such as travel history for individual cases [26].
この研究における4つの限界を認めるべきです。まず、私たちのデータセットには、都道府県によって異なる可能性のある報告バイアスが含まれていました。政府は確定診断症例についての情報の開示に関する基本方針を発表しているが[ 25 ]、情報開示の範囲は都道府県によって大きく異なっていた。たとえば、東京都は個々人の旅行履歴などの詳細情報を開示していません[26]。

討論部分で研究の限界を述べていますが、こうした情報収集の不具合については従前から訴えてきたことです。西浦氏の著書「新型コロナからいのちを守れ!-理論疫学者・西浦博の挑戦 中央公論社」から抜粋します。

眼の前にきれいなデータが提供されるわけではない

新型コロナからいのちを守れ!西浦博・川端裕人88頁
クラスター対策班でじっとしていても、必要なデータは集まってきません。僕たちが分析に使っていたデータは、主に各都道府県のプレスリリースに基づいています。感染症法に基づく登録データはかなり報告の遅れがあるので、一日単位でのリアルタイム性を求められる状況では必ずしも頼れないのです。
200頁
一つは、僕らが扱えるデータが限られているということです。厚労省の中にいるからといって、データが自由に扱えて、必要なデータがすぐに集まるわけではありません。都合悪いから出さない、とか、或いは人がいても絶対取れないデータ内容について「クラスター対策のキャパシティが貧弱だからできていない」みたいな邪推さえされましたけど、それ以前に眼の前にきれいなデータが提供されるわけではないのです。データを集めるためにものすごい労力を注ぎ込まないといけない状況で、そのためにボランティア犯を募った…
201~202頁
厚労省に入ってくる登録情報も、僕たちがウェブサイトから広いあげてくる数字も、さまざまな矛盾を包含していたり、欠けていたりするものです。
 一つ、困ったことが起きたのは、病院のベッド数確保の議論を厚労省と東京都でやっている段階で、厚労省と東京都との間でデータの定期報告を含む連絡経路が一時途切れてしまったことでした。厚労省と東京都の間では思惑が異なることが多々あって、そういうものは患者が増えていけばいくほどカオス状況となりますので、その帰結として東京都から厚労省のサーベイランス班に発病時刻のデータが届かなくなったのです。正確には、全ての患者で「調査中」と書いてあって、年齢・性別と報告された日付したかに状況で、(本当は日々アップデートされてあるはずの)発病日の情報は全部なし、という状況が一時続きました。

こうしたデータ収集の問題点については6月下旬に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が日本記者クラブにおいて活動の総括をした際に述べられています。その際の資料については、オフィシャルなものとしては扱われず、コロナ専門家有志の会がまとめてnoteで公表しています。本書でも以下のページのURLが紹介され、一部が引用されています。

6月の専門家会議の提言:疫学情報へのアクセスに大きな課題

③ 疫学情報に関するデータの公表について
 感染症対策において最も重要な点の1つである、疫学情報へのアクセスと感染状況に関する科学的な評価とその根拠の提示については大きな課題があった。
 まず、地方公共団体が保有する感染者やクラスターに関する情報の多くは、電子化されていなかったうえ、フォーマットが統一されていなかった
 さらに、平時においては地方自治に委ねられ、それぞれの自治体が独自に管理するデータについて、新しい感染症対策を行う緊急時には政府や専門家会議にも臨時に開放してもらい、データの提供、利用、公表に合意してもらう必要があった。しかし、都道府県とそれ以外の地方公共団体との関係性が個々に異なる、各自治体での個人情報の取扱いが違うなどの理由により、地方公共団体からデータの提供、利用、公表の合意を得ることは容易ではないことが多かっ た。
 また、日本は世界各国と比べて、感染症疫学の専門家が不足していることも課題であった。さらに、地方公共団体のなかには、データ解析とリスク評価を行い、首長に助言をする感染症疫学の専門家が不在のところも多かった。 
 諸外国のなかには、主要な医療機関にサーベイランス運用を司る専門的な要員(サーベイランスオフィサー)が配置され、国のデータとしての感染者情報を迅速に収集・分析・還元するシステムが構築されていた国もあった。しかし、我が国では、特に感染者数が増大した際に、感染症サーベイランス情報が必ずしも即時に提供されないことも少なからずあった(※ii)。このため、今回の新型コロナウイルス感染症に対する対応では、各都道府県の報道発表情報を厚生労働省が収集し、これを毎日の感染者の情報として公表せざるを得なかった。
 こうした事情から、諸外国のようには、迅速なデータ公開や研究、論文発表ができなかった。また、専門家会議としては、対策の根拠となったデータを迅速に公表できなかった。こうした事情が、国際的にもこれまでの日本の対策の評価を難しくさせてきたことは、大変残念であった。

※ii )各自治体の患者発生情報と病原体検出情報は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づき、感染症発生動向調査(NESID)システムに自治体が入力し、国では国立感染症研究所感染症疫学センターが、中央感染症情報センターとしてデータを収集・分析する。 このシステムは医療機関が手書きした用紙を保健所にFAXし、それを保健所職員が入力するものであるが、入力項目が多いため、患者数が増大すると報告が遅れることが多かった。 多くの国々(西太平洋地域ではベトナムやフィリピン等)では、公費を持って、サーベイランス 運用を司る専門的な要員(サーベイランスオフィサー)が主要な医療機関のレベルから大量に配置されており、国のデータとしての感染者情報を迅速に収集・分析・還元するシステムの構築に寄与していた。しかし、わが国では、医療機関は言うに及ばず、保健所、地方衛生研究所、国立感染症研究所等においても専任の担当者が不足しており、国においてもサーベイランス情報の収集が困難を極めるとともに、専門人材が量的・質的に不足していたことの影響が大きかった。

「フォーマット不統一」については感染拡大初期の厚労省のページに都道府県からの報告物が掲載されていることからも分かります。

これと類似の指摘は、2021年に入っても続いています。

新型コロナウイルス感染症対策分科会尾身教授の課題認識

新型コロナウイルス感染症対策分科会(第22回)日時:令和3年1月15日(金)
新型インフルエンザ等対策特別措置法及び感染症法の改正に関しての基本的な考え(案)令和3年1月15日(金)尾身構成員 提出資料

【課題】
• 国が地方公共団体から感染の状況に関連する情報を得る際、また、その分析評価の結果を公表する際には、地方公共団体の協力や同意が必要な場合もある。しかし、保健所による積極的疫学調査に協力が得られないことや保健所設置市・特別区と都道府県の間での情報連携が上手くいっていないこと等もあり、円滑に情報が国に届かないことも多かったそのため分析評価のための情報が国へ集約されず、今回のような緊急時において、迅速な分析評
価及び適切な情報提供ができなかった。

ー中略ー
【基本的な考え】
• 国がまん延防止に必要な分析評価の結果を迅速に公表できるよう、国や地方公共団体間の情報連携の改善が図られるよう必要な規定を整備する必要がある。その際、状況に応じて、国が地方公共団体にデータの提供を指示することも可能となるような規定についても検討を行う必要がある。さらに、地方公共団体が自らリスク評価できるよう、国は可能な限り支援することが重要である。

という感じで、クラスター対策に関わってきた人は、ずっとデータ収集上の問題を解消するよう国や自治体に働きかけてきているわけです。

「ピュアにやり過ぎ」ではなくなった西浦教授?

西浦教授は著書の中で「ピュアにやり過ぎていると教えられた…自分が一番ピュアだったためにチームに迷惑をかけた」というようなことを書いています。

科学的知見をストレートに伝えても現実が動かない中で、もっと「スマート」にできないといけない、というようなことを書いていました。

今回の論文、どうもそういう感じがするのですよ。

これは邪推の範疇であることは認めます。

以上

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