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あなが特別な存在であることを証明するにはどうしたらいい?

こんにちは、今日も感覚だけで生きているナサニエルです。

本日も100%スピリチュアル伝説を語っていきましょう。

私は小さい頃から親に「あなたは何をやっても無理」「どうせ無理なんだから」「あなたみたいにできの悪い子は・・・」などということを言われながら生きてきました。

その割には教育に沢山お金をつぎ込むような家庭でした。

ピアノに水泳に習字、家庭教師、学習塾、毎月送られてくる大量の通信教材、「世界名作集」などのレンガみたいで塀が作れそうな分厚い本の山、宝塚やクラシックコンサートといった芸術鑑賞など、やたらとお金を使っていました。

一度だけ「バレエを習いたい」と言ったら「あなたは足が短くて太いから無理、恥かくよ」と言われて諦めました。

親は周りの親戚や知人などにも「うちの子は出来が悪くてねえ」と大声で言っている場面もよく見かけました。

親からすれば、それだけお金をつぎ込んだにも関わらず、娘が期待以上の結果を生み出さなかったので腹立たしかったのかもしれません。

あるいは、私には姉がいるのですが、姉も同様のことを言われていたので、否定的に叱って奮起させる、というような教育方針だったのかもしれません。

結果的に、自分は「出来が悪く、期待はずれな人間」という意識が身体に染み付き、どんどん自分を嫌うようになりました。

そんな幼少時代を過ごしていたのですが、実際にどれくらいの「出来の悪さ」だったのかというと、

成績は、だいたいクラスの真ん中くらい。

運動は100m走のタイムは順位でいうと真ん中、マラソン大会なんかも、真ん中くらいの順位でゴールしてました。

背の高さで並べばクラスの真ん中らへん。

苗字が「ナ行」から始まるので、アイウエオ順に並んでも真ん中

進学した学校の偏差値は55前後

とにかく、何をやっても真ん中らへんに位置してました。

いうほど、出来は悪くは無かったんじゃないかと、思うのですが…

確かに、優秀で目立つ存在ではありませんしたが、かと言って悪目立ちする存在でもありませんでした。

普通すぎて何も秀でたものが無いことが自慢になるくらい、取り柄のない人間でした。

そんなこんなでやがて自立する年齢となり、親元を離れ社会の中で生きていくことになった時は、それはそれは生きづいらい状態になっていました。

特に就職活動の時は何ひとつ取り柄のない自分をアピールしなければならない難しさを経験しました。あれは本当に辛かった。当然、どこにも受かりません。

なりたい職につけないというもどかしさと同時に、自分は社会に必要な人間じゃないんだ、と激しく落ち込みました。

っとまあ、ここまでの内容だと「親をディスってる話」「かわいそうな私の話」となってしまいますが、これで終わりではありません。

親にはとっても感謝しています。幸せな家庭環境で育ててもらいました。

親も人間です。”我が子の自尊心を傷つけずに自己肯定感を高めながら育てていく”という方法を知らなかったのでしょう。さらに教育にお金をつぎ込めばそれだけ成績も上がると盲信していたのだと思います。

お陰で、社会の中での生きづらさをバネに私は自分を変えたいという願望が強く出てきました。その願望の元、日々模索し、勉強し、自分の社会の役割や居場所を作るべく、自分の道を切り開こうと努力しました。

まだまだ道を切り開いている過程ではありますが、ちょっとずつ、形になってきており、毎日信じられないほど奇跡が起きています。

あまりにも抽象的すぎる言葉ばかりでごめんなさい。もっと具体的にお話ができるようになったら喜びとともに伝えていけたら、と思います。

今の私から伝えられるメッセージは、

まずは自分を愛してください。自分に対してもっと愛情を注いでください。

そして自分と恋に落ちてください。

自分のために花を買い、好きな色、好きな香り、好きなもので埋め尽くしてください。自分を最大におもてなしして、自分の世界を喜びで満ち溢れさせてください。

そうすると何が起きるでしょうか。

その答えは、

あなたの魅力に気づき始めた人やモノや仕事たちが磁石のようにどんどん引き寄せられてくるでしょう。

読んでくださってありがとうございました。

またお会いできるのを楽しみにしています。

ナサニエル










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