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『映画』を想って、ちょっと切なくなる話。

送信ボタンで指を止めて。

年明けくらいに、シティハンターがフランスで実写映画化されていると知り、心が踊った。
原作が元々お気に入りなのもあるが、その原作のコミカルな部分の再現が特に素晴らしく、YouTubeで予告動画を見ただけでスタンディングオベーションだった。獠も香も漫画のままのイキイキした姿だし、何より海坊主が海坊主過ぎた。ファルコンが動いてる!!


ほぼほぼ、本人だと思った。

早速、シティハンターが好きだった同級生に実写化を知らせて話題を共有したいと、LINEを開き手短に入力し、さあ送信というところで手を止めた。

実写映画の事で、その子に怒鳴られ驚いた出来事を思い出していた。

もう20年以上も前だ。
ジャッキー・チェン主演でシティハンターが実写映画化されることが話題になった。当時は子どもだった私も、とてもそれを楽しみに友人たちと話したのを覚えている。
当時の技術で、このガンアクションやカーアクションをどういう風に見せるのだろうか?という期待。と同時に、私の中では「冴羽獠のイメージとジャッキー・チェンが結びつかないので、他の配役はなかったのだろうか?」と言う疑問があった。

就学前から見知っている幼馴染同士、特に気遣うこともなく、ただ映画好きとしてサラッとそのことを口にした途端、その内の1人に突然怒鳴られたのだった。

『お前が嫌でもな、楽しみにしとん奴もおるんじゃ!!』
火がつくとはこうだと云う見本の様な豹変振りに、他の幼馴染も驚き口を閉ざし、放課後の教室は静まり返った。
尚も追撃する如くに「それくらい気づけ」とか「バカ」とかいつまでも私を怒鳴っていたのをボンヤリと思い出す。

私は驚いただけで、その日は雑談も早々に帰宅した。
その子がジャッキー・チェンの大ファンだとは知っていたが、そんなに怒るほどのことだったのか?と考えた。
私はジャッキーを嫌いでもないし、作品を否定しているわけでもないのに、何があの子をそうさせたのか? 
不思議と、怒鳴られ罵倒されて凹んだということはなく、その子の激昂振りに興味をそそられた。

何か思い違いでもされたのだろうなと、私の方は特に気にしていなかった。
映画は気になっていたが、ド田舎の未成年が公開劇場まで足を運ぶことは叶わなかった。

一過性ではなかった怒り。

私の方では特に気にしていなかったが、その子が事あるごとにわざわざ私に嫌がらせをする様になったのが、やや気になった。
課題の絵を描いているとわざわざ覗き込んできて『こんな絵よりも俺の妹の絵の方が上手いわ』と言いに来る様なダイレクトさで、周囲もイジメ紛いのこの行為には気づいただろう。
だけど誰も何も咎めないし、言われた私もその瞬間にムッとしただけで気にしなかった。

「こんな絵」と言われた私の絵は、その後あるコンテストで優秀賞を受賞した。

その後も断続的に嫌がらせの様な行為は続いたが、中学を出て、それぞれ違った高校へと進学した為に離れ離れになった。
私は専門校に行き、その子は進学高へ進んだ。

ド田舎ではあったが、映画の話題は珍しくなかった。
テレビでは週末に映画を扱った番組があった為、話題には事欠かない。
しかし映画館へはバスを使っても1時間以上かかる道のり、レンタルビデオもまだ普及していない時代に、その映画の話題を持てることは嬉しかった。
1つの作品を深く掘り下げて楽しめたのは、子どもながらに選び抜かれたその一本をいつまでもみんなと話していたからかもしれない。

その同級生の中で、ジャッキーファンの子は成績も良く比較的裕福、ジャイアンとスネ夫と出木杉くんを足して、更にスポーツ万能にした最強のキャラクターを持っていた。裕福な家庭で甘やかされてんだろう、と揶揄する父兄もいた程度には暴れん坊だった。

初期ステータスの割り振りがあまりにチートだと言われそうなスペックの持ち主なのに、幼い頃はジャイアンぽさが際立っていて、ちょっと接し難かった。

田舎町じゃ子どもらは、小学生の頃のクラスメイトが変わらずそのまま中学までほぼずっと一緒。お互いのことは知り尽くしていて、いざという時の団結力では海兵隊にも負けないかもしれない。
その成長とともにあの子もジャイアンっぽさが薄れてきたなと、ややホッとした気持ちでいた矢先に、あの出来事だった。

進学後も、地元は変わらないので事あるごとに集まっては遊んでいたが、あれ以来、あまり映画の話題が出ていない様に感じられた。
荒ぶる映画の神さまの逆鱗に触れぬ様、別の供物(話題)を備える村人の様だなと、どこか私は日本昔ばなしを見ているような面持ちで周囲を眺めていた。

強い憧れの裏に。

仕事の為に地元に戻った私は、大学に行ったものだと思っていたあのハイスペック同級生が、映画俳優を目指して上京したと同級生に聞いて驚いた。

男の子にありがちな流行病みたいに誰でも罹るヒーローへの憧れ、ではなかったようだ。
でもまあハイスペックな彼のことだし、何かしらの形にはなって、しばらくしたらテレビかどこかで見られるかもしれないし。そうしてまた子どもの頃の様に当たり前に威張った態度で元気に顔を出すに違いない、と同級生としては楽観していた。

10年は経っていなかったように記憶しているが、しばらくしてその彼が地元に戻ってくる報せを受けた。こっちの子と結婚するからなのか、家業を継ぐからなのか、色々と同時に聞いたせいで「あの映画俳優を目指していたことはどうなったのだろうか」と聞きそびれた。

同級生の間で同窓会と称した飲み会が頻繁にあるものだから、集まりついでに私はハイスペック同級生に映画の話題を振った。
 
『最近なにか映画は観た? 私は車好きだから、ジャッキーが三菱車をたくさん起用してるの楽しいんだよね』
『あー…、うん』
予想以上の生返事。
敢えてジャッキーの映画の話題を出したが、全くアタリは出なかった。
触れたくないとか興味がないと言うよりも、映画を熱く語っていたあの頃のハイスペックな彼は居ないと感じたので、それ以上は話題に出さなかった。

(映画の話題を出した私の方は、以後、車オタク的な目で同級生から見られるようになった。実際当時はWRC(世界ラリー選手権)や国内ラリーに興味を持って、短期間だが全日本の競技会でスタッフとして運営に携わっていたのだから、言い得て妙だ。)

以後も彼は、映画の話題には全く乗って来なくなった。
仕事を変えたり家庭を持ったりと多忙なのだろうと思ったが、子どもがいる家庭は結構アニメ映画を見るのではないだろうか。それすらも話題に出なかった。

本人に直接聞いて確かめればよいのだが、あの生返事がそれを制止してくる気がした。あれが返答だったのではないかと。

憧れが強過ぎて、ただの意見をそのまま受け止められずに否定されたと思い込んだ子どもの頃。あの頃から彼は映画俳優になろうとしていたのかも知れない。
その道の途中で方向転換した理由は知らないが、いつかまた昔の様に映画の話をする機会があれば、その時に彼の方からその話をして貰えれば、それがきっと最適のタイミングだろうと思った。

映画俳優としてジャッキーの様なヒーローを演じられなくても、今や子だくさんの彼は十分その子たちのヒーローだ。

あの頃の私たちと観に行きたい映画。

シティハンターがフランスでまさかの実写映画化だよ!!…とLINEで送りかけて止めた手で、もう一度、予告動画を再生していた。

その後、日本国内でも上映が決定した。映画サイトを通じて、原作の北条先生お墨付きだという話も読んだ。

ただ報せたいと思っただけなのに、当時の彼の認知を歪ませる程の愛着憧れそして計り知れない情熱の熱量が、うまくまとまらずに怒りの形になって現れたのではと思うと、経緯はどうであれ、その憧れから離れた彼の心情を思って切なくなった。

実際は全く違うかもしれない。
あの日怒鳴った相手に「映画俳優の方はどうなったの」と聞かれるのも、いい気持ちではないだろう。
例えそれが当時の互いの未熟さから来る思い違いに端を発していたとしても。

そう考えると、罵倒されたことも嫌がらせも、どうでもよくなるのだ。
そして、それだけの月日が流れていることに圧倒される。

きっとこの冬には、フランス版シティハンターを私は観に行くだろう。
映画や漫画が好きだったあの頃のみんなに「また20年くらい経って実写映画化されるんだよ」って話したら、どんなに賑わっただろうか。

そんなことを考えながら。

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