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高校生時代に夜の部室に忍び込もうとして失敗した話(後編)

↓前編はこちら


10分後



僕らは部室の中にいた。




仕方ないじゃないかだって、田中があんなに純粋な目で見つめてくるんだもの。


「え、行かないの?行くよね?俺たち何のためにここまで来たのかわかってるの?」

みたいな目でじっと見つめられたら僕ももう何も言えず学校へ引き返すしかなかった。

ただまあ、そうは言いつつも僕の中にも諦め切れない気持ちがあったんでしょうね、馬鹿が

しかし警備員はもうどこかへ行ってしまったらしく、今度は驚くほどあっさり部室に忍び込むことができてしまった。

つい先程警備員と繰り広げた命がけのかくれんぼはなんだったのかと拍子抜けしたが、、ともかくこれでミッションコンプリートだ!

と、ウキウキで部室の電気をつけようとする僕を田中が制した。

なるほど確かに、外に明かりが漏れるとまずいですもんね、すみません

田中は窓のカーテンを全て締め切り、カーテンがついていない窓は黒い布(どこから持ってきたんだ)をわざわざ被せて完全に遮光した後、部屋の隅っこの小さな明かりだけを静かにつけた。

こいつは基本アホだがたまに恐ろしく頭が切れるのである。


僕は田中をちょっとだけ見直した。

ここまでやれば、部室は外から見たら完全に真っ暗だから、後は大きな音を立てるとかしなければ絶対にバレることはないだろう。

僕らは静かに勝利を噛み締めた。



さて、やっとの思いで手にした勝利ではあったが、わざわざ部室に忍び込んでやることといったら漫画を読むくらいだった。

もちろん目当てはあらかじめ棚に隠してあった進撃の巨人だ。

僕は一巻から、田中は既にある程度読み進めていたので途中の巻から読んでいた。

お互い会話もなく黙々と漫画を読んでいるだけだったが、勝利の余韻と夜の部室にいる非日常感で、僕達の心はとても充実していた。

このまま読み進めて、まあ、そのうち眠くなったら寝よう


そして明日の朝まで部室にこもって、「僕たち朝イチで登校しました!」感を出しながら悠々と部室を出ればいい


ちょっとヤバかった時もあったけど無事部室に忍び込めたし、田中についてって良かったなぁ

なんて考えながら僕は気持ちよく漫画を読んでいた。



「なんか聞こえん?」

最初に気づいたのは田中だった。

僕「え、そう?」

田中「うん、なんか、気のせいかな」

僕「風の音とかじゃね」

いや

これは


ザッザッザッ...

人が砂利を踏む音だ。


あの警備員だ!

まさか、バレた?

偽装は完璧だったはずなのにどうして?

クソ!ここまできたのに…

なぁこれどうしよう田な…

振り返ると奴は人差し指を口にあて、静かに僕を見つめていた。


そうだ、偽装は完璧だ


あの警備員もきっとただ巡回しているだけだろう


ここはただ警備員をやり過ごせばいい



僕は落ち着きを取り戻した。


しかしそれにしても、こいつは基本アホだがたまに恐ろしく頭が切れるのである。



僕は田中を少し尊敬した。



そして僕らは息を殺して警備員が部室を離れるのを静かに待った。


...



...

...いやこっち向かってきてるし

もうダメだ、おしまいだ

なんかもう警備員扉の前まで来てるし

扉の向こうでジャラジャラ金属音がするし

多分この扉の鍵を持っているんだろう

もうすぐこの扉は開く

そして全て終わるんだ

一体どうして僕らがいるってバレたんだろう

いや、もうどうでもいいかそんなことは

この後めっちゃ怒られるんだろうなぁ...うまい言

い訳考えとかなくっちゃ


僕は全てを諦めその場に立ち尽くし、ただその時が来るのを待つばかりだった。




しかし田中は諦めていなかった。


警備員が扉に鍵を挿そうとした瞬間、田中が音もなくするりと扉の前に立ち、サムターン(鍵の回すやつ)を力強く握るとその場で石像のように静止した。

警備員「あれぇ〜この鍵じゃなかったっけ?(ガチャガチャ)この扉壊れてんのかなぁ〜(ガチャガチャ)回んないなぁ〜」

こいつは基本アホだがたまに恐ろしく頭が切れるのである。

僕は田中を心の底から尊敬した。

扉の外は警備員。

ビカビカ光る懐中電灯を腰にさげ、ガチャガチャとうるさい音を立てながら目の前の扉を開けようと悪戦苦闘している。

扉の中は僕と田中。

きっとこの世界で一番暗く、静かな空間だった。

2人とも微動だにしない。

まるで時が止まったかのようだった。

ただ、田中はサムターンを握るのに凄まじい力を込めているのだろう。

静止した時の中で、その親指だけが微かに震えていた。


...


...


...

一瞬だったような気もするし、無限に時間が経ったような気もする。

警備員はついに扉を開けるのを諦めた。

警備員が扉から離れていく。

田中も親指の力を緩めた。

ただ、完全に去った訳ではなくまだ遠くに気配がある。

また扉を開けようとしてくるかもしれない。

油断は禁物だ。

その時、田中が小声で僕に話しかけてきた。

「またあいつこっちくるかもしれんけん、今のうちにお前だけでも逃げろ。裏に小さい窓あったろ。あそこからこっそり出ろ。ここは俺が抑えとくけん」

この時の田中が普段の3倍くらいイケメンに見えたのは多分暗かったせいだと思う。

しかし僕も負けじと返した。

「嫌だ。せっかくここまできたっちゃけん、僕だけ逃げるとか有り得んやろ。このまま行けるって」

もうこの先何が起こっても動じない。

どうやら向こうで警備員は誰かに電話しているみたいだけど、関係ない。

田中と一緒にどんな困難だって乗り越えてみせる。

この瞬間僕らの心は一つになった。


...


...


...


ザッザッザッ...

誰か来る

足音が2つ

警備員と、あとは誰だ? 

さっき電話で呼んでいたやつだろうか

だが誰だろうとどうでもいい

僕らはもう諦めない

来るならこい、このまま朝まで粘ってやるぞ

田中が再び親指に力を込めた。

その時だった。




ドンドンドン!!!!!

「開けろ!俺だ!!!!」

力いっぱい扉を叩くこの声の主は

顧問の井上先生だ!


ユーモアたっぷりでとても気さくな井上先生。

性格も温厚で怒っているところなんて一度も見たことがない。

その上担当の現代文の授業も面白く、部員だけでなく生徒みんなから愛されている。

そんな井上先生が

今、扉の向こうでめっちゃキレてる

今まで聞いたこともないような怒号を、僕らに飛ばしている。

そうか、警備員は井上先生を呼んだんだな

夜の10時過ぎに、わざわざ学校に...そうか

彼の声を聞いた瞬間、僕らの固い決意はいとも簡単に崩れ去ってしまった。

この学校の生徒にとって井上先生はそういう存在だったのだ。

彼を怒らせることだけは、絶対にやってはいけなかった。


力なく田中を見やると、田中も同じ気持ちだったらしく、もう諦めた顔をしていた。

「いいよ、僕が開ける」

田中を後ろに下がらせ、僕はサムターンを回し扉の鍵を開けた。

瞬間扉が勢いよく開き、鬼の形相をした井上先生が飛び込んできた。

「お前えええええええええええええ!!!!」

井上先生は僕の胸ぐらを乱暴に引っ掴み、そのまま部室の外に引き摺り出した。

着ていたカッターシャツの襟元のボタンが、その時ぶちんとちぎれ飛んだ。

田中はその後とぼとぼと扉から出てきた。




この後はただのつまらない説教タイムだ。


田中が泣いてるところを初めて見て面白かったとか、

その後親を迎えに呼ばれて帰りの車の中で「次はもっとうまくやんなさいよww」と母に笑われたとか、

翌日の部活で田中と一緒に部員に謝りに行くはずが僕が完全に寝坊したこととか(あの時はマジごめん田中)

この後も色々あったが本筋と逸れるのでまたの機会にとっておこう。



まあ、どれもこれも今となっては良い思い出...



いや普通に今でもトラウマだよめっちゃ怖かった井上先生!!


おわり

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