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高校生時代に夜の部室に忍び込もうとして失敗した話(前編)


「夜中に学校に泊まるとかワクワクしねぇ?wwwww」的な頭の悪いノリで僕を誘ってきやがったのは、同じ部活の田中(本名)である。
もっとも、その誘いに軽率に乗って夜の9時に正門前に集合した僕も大概馬鹿ではあるのだが。

正門前に集合した僕達は、正門から堂々と入るのはさすがにバレそうだということで門から少し離れたフェンスをよじ登って学校に侵入することにした。
ガシャガシャと不吉な音を立てながら、それを全く意に介さず2mはあるであろうフェンスを軽快に登る田中。
僕はその音が周りに聞こえやしないかとビクビクしながら後に続き、フェンスを乗り越え砂利の敷いてある駐車場に着地した。
駐車場の向こう、暗闇の中にうっすらと部室が並んでいるのが見える。
距離にして約20m程。
僕達は田中を先頭にしてゆっくりと歩き出した。
歩きながら辺りを見回してみると、夜の学校は日中の喧騒など微塵も想起させない程暗く、そして驚く程静かである。
僕はこんな学校に来るのは生まれて初めてで、さっきの臆病心は何処へやら気分はすっかり高揚していた。
しかし興奮を抑えて息を殺し静かに歩く。
暫くは2人が砂利を踏む微かな音しか聞こえなかった。

とうとう部室の前まで来た。
ここまで来れば後は部室に入って鍵をかければミッションコンプリート。
部室にはあらかじめ漫画進撃の巨人を隠してあったので、それを読みながら夜を明かそうかなんて田中と呑気に話していた。
そして部室の前の側溝にいつも隠してある鍵を取り出そうとした、その時

遠く暗い闇の中に、白く丸い光がふっと横切るのが見えた。


警備員だ!懐中電灯を持ってる!
なんか言いながらこっちに近づいてくるぞ!
明らかに僕らに気づいてる...
いつバレた?
砂利道を歩いている時か?
いやフェンスをよじ登った時?
ていうか警備員いるなんて聞いてないぞマジでいるならいるって先に言えよ畜生
なぁこれどうしよう田な...

振り返ると奴はもういなかった。
奥を見やると田中はフェンスに向かって猛ダッシュ!
勢いそのままに高くジャンプして格子にしがみつき、そのまま軽やかにフェンスを乗り越えて学校からの脱出に成功していた。

その一部始終を目撃した僕は、
まず田中の判断の早さに素直に感心し、
その後僕を独り置いて逃げたことに憤り、
そしてこれから僕を待ち受ける運命を想像し孤独と絶望を感じた。

しかし闘志はまだ死んでいなかった。
どうせ捕まれば全て終わりなんだ。
だったら最後まで足掻いてやる。
しかし実際どうするか...
警備員は既に僕に逃げられないように駐車場の方向まで回り込んでいた。
もうフェンスに向かうことはできない。
奥にしか、活路はない。

僕は学校のさらに奥深く、暗闇の中へと飛び込んだ。


...と見せかけて僕は部室の裏手に回っていた。
早足で部室に近づき回り込もうとする警備員。
しかし僕は、警備員と自分が部室を挟んで対角線上に来るように慎重に位置取り、その位置関係をキープしたまま警備員の動きに合わせて部室の周りをできるだけ音を立てないようにぐるりと回った。
そして部室を一周し、暗闇の向こうにうっすらとフェンスが見えたとき、
僕はできるだけ音を立てずに、しかしできるだけ素早く、フェンスに向かって走ったのである(早歩きと言った方が適切かもしれない)。

この真っ暗闇の学校を更に奥に進んで警備員とかくれんぼをするのは真っ平御免だった。

門は全て閉まっているだろうから他の脱出口を探す他ないだろう、学校の周囲で他に登れそうなフェンスはあっただろうか、というかそもそも警備員が彼だけとは限らないのではないか...
考える程不確定要素が増え、薄すぎる勝算に賭ける気分にはなれない。

やはり脱出口は駐車場の向こうのフェンスだけだろう。
部室を挟んで間抜けな鬼ごっこをしフェンスに向かって駆け抜ける、こっちの賭けの方がまだ勝算は高そうだ。

しかしフェンスに向かったとして、田中のように上手く脱出できるだろうか。
ダッシュするからには音で気づかれるのは確実で、
つまり最初のジャンプで格子にうまく足を掛けられなかったら全て終わりだ。
50m走8秒代を誇る僕の運動神経で、この一発勝負果たして成し遂げられるか...
いや無理だ怖い、怖すぎる。
そうだ、ゆっくり、ゆっくりと気づかれないようにフェンスに向かおう、
そしてフェンスの傍の木の陰に隠れて警備員をやり過ごして、警備員が去った後にゆっくりとフェンスをよじ上る、これしかない..........多分。

僕はもう祈るような気持ちでフェンスに向かっていた。


とにかくフェンスの傍にある木しか見えなかった。
前だけを向いて歩く。
木にたどり着く。
素早く後ろに回り込み、そしてしゃがみ込む。
すると目の前を白く丸い光が横切った。

僕は全てを諦めた。
体はしゃがんだ状態で全く動けなくなり、それに反して思考だけがやけに忙しく回った。
これが走馬灯というやつなのかもしれない。

...
ああやっぱりバレてたかぁ、こうなったらもうどうしようもないな、終わりだ。
...
やっぱり勇気を出して走って向かうべきだったな...僕の臆病が祟ったか。
...
畜生田中の奴め、僕を置いて一目散に逃げ出しやがって、そもそもあいつが誘ってこなければ...いや、誘いに乗った僕の責任だな、あいつのせいじゃないや
...
警備員になんて釈明しよう、田中の存在もバレるだろうな、もう1人いたことは警備員の目にも明らかだろうし...すまん田中、守ってやれそうにない
...
僕これからどうなるんだろう...担任の先生とか呼ばれて、親も呼ばれて説教されて...あぁもうなんでこんなことになっちまったんだ、今まで悪いことなんて何一つしてこなかったのに...怖いよ...
...
いやぁそれにしても敵に隠れて侵入するなんてなんだかゲームの中に入り込んだみたいで面白いやぁ〜あははは〜〜...いや何を考えてるんだ現実逃避するんじゃないよ僕
...
...
...

あれ、いなくなった?


何てラッキーなことだろう!!!
警備員は駐車場をしばらくウロウロし、どれだけの時間が経ったろうか、とうとう僕の存在に気づかずに帰っていったのである。
僕は歩き去る警備員の後ろ姿を木陰から最後まで見届け、
完全に暗闇の中に消えたのを確認した後慎重に慎重を重ねてゆっくりとフェンスを登り、

そして遂に夜の学校から脱出することに成功したのだ!


フェンスを降りた途端に疲れがどっと出てきた。
変な汗で全身びっしょり濡れている。
僕は本当に心の底から安堵していた。
本当に最悪な目にあったが、なんとか脱出には成功した。
警備員もあの暗さでは僕らの顔までは見えなかっただろうからきっとバレないはずだ。
とにかく今日はもう家に帰ろう...あぁ疲れた。

そして学校に背を向けて道を1本曲がると、そこには


田中がいた。
どうやら僕を心配してずっと待ってくれていたらしい。
田中の顔を見た僕はまず自分を置いて逃げた怒りをぶつけるべきだとは感じたが、友と再び会えた喜びの方が遥かに勝ってしまった。
僕「おい!お前先に逃げやがってこの野郎wwwwマジで大変やったっちゃけんなぁ」
田中「いやぁごめんごめんwwwお前に構ってる余裕なくてさ。とにかく無事でよかったわ!」
僕「もう疲れたよ僕...じゅうぶん満足したけんさ。学校泊まれんかったのは残念やけど、今日はもう帰r...」



田中「よし、お前も無事戻ってきたことだし今から再潜入やな!今度こそ成功させようぜ!」

季節は確か9月の終わり頃。
秋の夜風がとても気持ち良く、後に僕達に悲劇が降りかかるとは思えないくらい良い天気だった。


つづく






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