見出し画像

Mr. Wonderful

恋人と渋谷で映画デートをした。
わたしの大好きな監督・三浦大輔のR18指定作品で全編セックスシーンばかりだが、レディースデイだったので館内はほぼ女性客で満席。
大勢の女性たちに囲まれてセックスシーンに見入る恋人がシュール!好き!

『娼年』は大変美しい映画だった。
ああでもないこうでもないと、キリがなく感想を語り合いながら帰宅。物事に影響を受けやすいわたしたちは、少なからず気分が高揚している。
リビングで恋人の頰にキスをすると、返ってきたのは明らかに淫らなことに雪崩れ込もうとせんばかりの激しいキスだったので、抗わずに従いそのまま床で始まる。やっとの思いでベッドへ移動した時には、すでに気持ち良くなりすぎていた。

息を弾ませて事が終わると、裸で手を繋いで天井を見ながら、映画のテーマソングとして使われていたペギー・リーの歌う『Mr. Wonderful』を聴いた。
開け放たれた窓(思えばそんなこと気にせず叫び声さながらの声をあげていたのだが)の外で、小雨を跳ね上げながら走る車の音がしていた。

この身体を使って、幾つまで愛し合えるんだろう。気持ち良すぎてもう出てしまったと嘆いたり、微笑み合ったりするのは一体いつまでなのだろう。
いずれにせよ、一回一回を大切に折り重ねていこう。

この先、恋人以外の人とセックスをしなくても良いという安心感が好きだ。その事実に、歳と反比例して子供のようにホッとする。

2018年5月23日

良いセックスは、セックスなんて大したことじゃないと思えるもの、良い結婚は、結婚なんて大した変化ではないと思えるものである気がしている。
夢や希望に重きを置きすぎると、現実とのバランスを崩す。相手が居てくれることが息をすることくらいに自然で、その先にセックスや結婚があるというのが望ましい。

だから、語弊があるかもしれないけれど、不倫の類を行う人たちの体力やバイタリティ(あるいは器用さ)が、わたしには信じられない。家庭もあり愛人もいるなんて。何故そんなに私生活の多くを恋愛に割り当てられるのだろう。
念のため言うとこれは批判ではなく、単純に感心している。恋を食べても食べても、お腹が空く人たち。

2018年5月29日

長期的な幸せを望むなら、笑い合える、食事の好みが合う、セックスが合う、の順に大切だと思う。加齢でセックスをしなくなっても食事はする、さらなる加齢で食が細くなっても笑い合うことはできる。
そしてセックスは、ある程度は相性ではなく育ててゆけると思うが、食の好みと笑いは難しい。

周囲には妊娠を公表せずに仕事をしている。
昨夜はホールでのコンサートの本番だったが、恋人がわたしの体調を気遣って、打ち上げは外食ではなく家でにしようと提案し、友人たちも一緒にホームパーティをすることになった。恋人がフルコースを作ってもてなしてくれて、楽しい一時を過ごした。

今朝はゆっくり起きて、賑やかだった昨夜の余韻に浸りながら二人でブランチ。真鯛から出汁を取ったスープの冷製パスタが、夢のように美味しい。またまたすっかり胃袋を掴まれてしまった。

そのあとは労わるように、しかし互いの欲求に対して素直に、端的に愛し合った。
イッたあとに息が上がった恋人の口を、キスの嵐ですっかり塞いでしまうのが好きだ。

2018年5月31日

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?