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きっと夢だ。だって、幸せすぎるもの。

隣に座っている恋人がわたしのお腹を撫で、そのあとに頭を撫でながら、「いろんなこと我慢しながらがんばってくれてて、本当にありがとうね」と言ってくれるが、この人に我慢させられていることなんて、ただのひとつも見当たらない。

恋人の肌の匂いが大好きだ。恋人もまた、わたしの肌に対してそうらしい(汗をかいていたり不衛生な時であっても好きらしい)。
五感の中でも、嗅覚によって惹かれ合うのは遺伝子レベルのものであると聞いたことがあるし、きっと多くのカップルがそうなのだろうと思う。
まったく人間の生理とは不思議なもので、これは恋人たちの奥義なのであろう。

不思議な奥義と言えば、「今、これが食べたい」と考えるタイミングが完全に一致することが何度も、かなりしょっちゅうある。
前世でもわたしたちは家族だったのではないだろうか。来る日も来る日も同じ食卓について、同じものを美味しいと感じていたと考えることが、とても自然に思える。

山のような事務作業、歌とピアノの練習が夜中までかかり、夕食を食べ逃した。
とてもくたびれていて、作るのが面倒だし食べなければ痩せるだろうけれど、お腹の子供の栄養のために食べなければと思い、LINEのやり取りをしていた恋人に「遅くなっちゃったけど、今からごはん」と送ると、「作ってあげたい!すぐにそっち行くから、お風呂とか入ってて!」と。作ってあげたい…だと…?なんてできた夫だ。
やはり、前世から互いの食事を心配し合う家族だった可能性が高い。

前にも言ったことの繰り返しになるけれど、恋人を好きすぎて切なくなるほどだ。
子供の頃、両親が死んじゃったらって想像したらいつでもすぐに泣けたのと似ている。存在が、命が、愛おしいのだと思う。
けれど愛おしすぎるというのは、とても心細いことなのだ。

2018年7月26日

入念に準備をして、大切に迎えた日が訪れた。
わたしにとって大きな規模の単独ライブで、『愛と孤高の弾き語り単独ライブ』と銘打った公演だ。

いつも支えてくれている方々を中心とした、約130名が駆けつけてくれた。
「日頃皆様から頂いている溢れんばかりの優しさと愛を、わたしにしか出せない音、歌えない唄にのせて、心の底からお返し致します」という挨拶を、配布プログラムに掲載した。

休憩なしの一本勝負、グランドピアノの蓋は全開、譜面台も置かない。つまりは、譜面も歌詞も完全に暗譜で挑む、スリリングな挑戦だった。
何日にも渡る練習、いや、何十年もの音楽人生をかけた孤高のステージに、本編14曲とアンコール3曲を最高の仕上がりで乗せることができた。

アンコールのタイミングで、今まで公にはしていなかった結婚と妊娠の報告をした。
「なかなか幸せになれない女性が主人公のシャンソンを、たくさん歌ってきました。けれどわたしは今、一人の人からの優しい愛に包まることを自分に許してしまいました。そして今わたしのお腹には、大切な命が宿っています」と告白した。

自分の発する言葉で会場中が響めくというのは、普段には滅多に無いことだし、実際初めての経験だった。
ましてそれが祝福の響めきだったので、わたしの胸は高鳴り、やがてみるみるうちに満たされた。
発表からの流れで、子供の妊娠がわかった時に書いた曲を歌った。

歌いながら、ふわふわとした心地がして夢か現実かわからなくなり、「これはきっと夢だ、だって幸せすぎるもの…」と思った。
今まで数々の本番、ステージを経験してきたけれど、そんな感覚になったのは初めてだった。
わたしの人生の中にその瞬間をくれた神様に、心から感謝した。

長時間、思い切り演奏したというのに、その間胎動は無く、子はまったく動じずに大人しくしているようだった。
ピアノの音でもびっくりせずに、スヤスヤ眠る赤ちゃんになるのかも知れないね。

2018年7月29日

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