見出し画像

誕生日は柘榴の香り

2018年 1月4日

誕生日の夜に恋人と、短いけれど信じられないくらい気持ちのいいセックスをした。先ほどまで仲間たちと賑やかに過ごしていたのに急にふたりきりになったというのと、泊めてもらっている姉の家でという少し後ろめたい状況が、わたしたちを高揚させた。声を出すことができないのも時には逆に良いものだ。喘ぐことができない分、想いを言葉にして囁き合いながらした。
いろんな言葉を囁いたが、ダイジェストは「今年もわたしのなかにたくさん精子出してください」だと思う。終わったあと、この一年も愛のあるセックスをたくさん重ねられるといいなと思いながら、抱き合って眠った。

また別の日には新年の親戚の集いがあり、従姉妹の子供たちがその可愛さを激しく発揮した。彼らは果実だ。見事、実ったのだ。わたしはまだ、恋人が散布する夥しい種を受け止めるだけで、実らせる練習中だ。でも、練習だけで一生舞台に立てずに終わる者もいる。

◆       ◆       ◆

誠実な恋人が、2つだけ嘘をついてしまうポイントがある。1つは、具合が悪いのを隠して大丈夫だと主張する時、2つ目は、わたしを喜ばせるためのサプライズを企てて実行する時。
巧みな演技と状況設定により見事に騙されながら誕生日プレゼントを授与された。それは、以前わたしが好きだと言っていたルームフレグランスだった。それを扱っている代官山のセレクトショップ、そこそこ遠いのに、こんなに忙しかった中で一体いつ買いに行ったの?(ちなみにだがネットで物を買う人ではない。)彼の時間の使い方は、時に魔法じみている。
さっそく開封して設置したら、玄関とリビングが優しく爽やかな柘榴の香りで溢れている。その香り自体が恋人のようで、この空間に彼が不在でも、彼で満ちていると感じた。

2018年 1月7日

仕事で音楽劇のピアノを担当している。稽古は果てしなく長く、消耗する。特に演出家と役者と音楽監督が方向性を決めるために突き詰めて話し合っている時などの待ち時間が、耐え難く長い。そんな時は恋人とのセックスを思い出してやり過ごす。あの時のキスからの流れは素晴らしかった…や、あの体位がとても好きだった、など。
そしてピアノの出番がくると、何食わぬ顔で演奏に戻る。こんな時、今の自分の心の中が映し出されたらと思うと笑ってしまう。黒いピアノに、裸で組み合わさる滑稽なわたしたちが浮かび上がるのだ。
けれど稽古はなかなか終わらず、徐々に妄想する力すら奪われた(そもそも集中すべきなのだが)。こういう時、ちょっとだけ思う。煙草が吸えたらもっとうまく休憩できるのかもしれない。差し入れの海苔巻きもサンドイッチもチョコレートも、もうたくさん。よく言われることではあるけれど、「明けない夜は無い」のような言葉に感じ入っている。終わらない稽古は無い。13時間半かかろうとも。
ようやく帰宅、いや、帰還。鏡に、ボロ雑巾または呪われた老婆(おまけに譜面を凝視しすぎたコンタクトレンズ入りの眼球は血走っている)が映っていると思ったら、自分だった。でもこんなことで疲れていてはまだまだだ。13時間半の稽古なんかで、ボロ雑巾と化す自分に恥じ入る。わたしの恋人に相応しくないと感じる。そんなわたしなどは呪われて老婆になるしかない。疲労にも老化にも果敢に抗うため、今日はゆっくりお風呂に入り、スキンケアではCHANELのローションを塗りたくろう。

2018年1月10日

仕事の無理が祟り体調を崩した。心配した恋人がごはんのストックを大量に作ってくれたが、栄養バランスが神がかっていて震える。もう一般的な目では見られないからわからないのだけれど、恋人はいわゆる世に言うイケメンではないのかもしれない。セサミストリートにいそう。いや、ムーミン谷の住人か。でも、もはや大好きな顔。
その顔をしていてくれてありがとうございます。すごく癒されます。早く元気になって、仕事頑張るね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?