見出し画像

ここがヘンだよ出版物の総額表示義務化の動き

#出版物の総額表示義務化反対 というタグがツイッターで流行ってる。

一体何のことかと言うと下の記事を参照してほしい。

手元にある本を手にとって見てもらうとわかるように、本には定価が記されている。
【〜〜円+税】だとか【本体〜〜円(※税が別に加算されています)】だとかのメッセージが、30年以上前の古本でもなければほぼ確実に記されているはずだ。
しかし此度の出版物の総額表示義務化は、特例的な免除を廃して表示義務を課してしまうというものだ。

私はこれに反対だ。
百害あって一利なしどころか、千害あっても利の一つも挙げられないような、典型的に無駄な仕事の体現そのものだ。
今回はそれを説明していこう。

そも「なぜ本には定価が記されているの?」って話も補足しておこう。
書籍などの著作物には再販売価格維持制度が適用される。

これはメーカーが小売店に対して商品の販売価格を指示して遵守させるもので、つまり「どの書店で買っても本は同じ価格で買える」ことが最大のポイントだ。要は本の価格を安売り競争できるようにしてしまうと書店の本の内容が傾倒していくからそれを阻止するというものだ。

再販売価格維持制度、つまり再販制度がなかった場合の具体例を紹介してみよう。
例えば書店が確実に売れる筋の本ばかりを集めて、たくさん売るために低価格のバーゲンセールや大安売りしていくとする。小売の書店にとっては沢山売れる商品は沢山売りたいし、逆に売れない本はほとんど店に入れようとしなくなる。
すると売れない本はより流通しなくなる。市場原理が働いているように見えるがそうでない。専門書などの需要は少なくとも必要とされている本であっても「売れないから流通しない」と見なされてしまえば、元から少ない本がより希少になったり、そもそも書店で入手そのものが困難になったりしてしまう。ひいては消費者と著作権者の不利益になる。

売れる本しか売れなくなるのであれば、売れない本を書く人は減っていく。世には似たような本ばかりが並び、経済に押し潰されてさらに数を減らし、ついには本から多様性が消失する可能性にすら発展する。文化を衰退させるきっかけともなる。

だから本の本体カバーそのものに価格が記されるようになったという理屈だ。本の裏面を見ればその本の統一された価格がわかるという利便性だ。

だけど本カバーに定価を明記するということは、その価格が上下するとカバーそのものを全部新しく修正しないといけないし、それにかかるコストと手間は馬鹿にならない。
そして1989年の消費税導入でその割を食った本も多く、カバーを変えるコストがないから絶版になった本もあった。大変な喪失である。

以降の本は定価に(+税)と書くことで、消費税の上下に耐えうるように作られたわけだが。ここで税込価格の明記を強いられるとせっかくの努力が水泡と帰すし、再び失われる本と書店の負担増大が起きる。

スリップ(書籍の頁に挟まってる長方形の細長い二つ折りの紙)やシールで対応できるという風に言う人もいるが、そこも疑問である。
シールであっても在庫の書籍全部貼り直すコストは増大だ。書庫にある数千や数万の本に一つずつシールを張っていく作業労力を考慮しないのは浅慮だ。
さらに現在はデジタル技術でスリップレス化が主になっている状態であり、時代を逆行してスリップレスからスリップへ戻せばいいじゃんって話でもない。

そもスリップとは「どの本がどれくらい売れたのか」を書店から出版社へ送って伝える伝票であり、その往復には6日から10日かかるものだった。如何に早く情報を伝達してより売れる本を補充するかを合理化したら、スリップよりもデータのほうが速いに決まっているわけであり、スリップレス化は進んでいった。

その合理性を捨ててスリップに戻してまで、総額表示義務で得られるメリットはどこにもない。もしあるならば教えておくれ。せいぜい「値段がわかりやすくなる」程度の雑多なものでしかない。時代を逆行して不便な時代に戻りたいなら個人の領域でやるべきであり、社会全体の負担になるような制度にすべきではない。
加えて表示義務化以降の書籍が対応するために定価の明記を避けるようになったら再販制度の意義すら揺らぐことになる。
「どの書店でも同じ価格で買える」であるかの保証がない以上、確認の手間はどこかしらで発生するし、少しの悪意でも働けば、上に述べたような市場原理による書籍の崩壊に繋がりかねない。善意に頼る手段は長期的には必ず破綻するものだ。

さらに言えばつい先日、安倍首相から菅首相へと変わったわけだが、彼もまた消費税増税の可能性があることを言及した(直後に撤回めいた発言をしていたが)。
30年続けた消費税で日本の経済成長はどれだけブレーキ掛かったかみたいな話はまた今度するとして、これも実に嘆かわしくもある。

消費税が変動するとわかっていながら、変動のたびに価格明記を全部修正しなければならない手間や負担を強いるのか?

価格明記修正の負担を逆手に取って「書店や出版の負担を避けるために一度上げた消費税は下げてはならない」なんて屁理屈にも利用されかねない。

そんなマッチポンプで消費税減税や廃止を阻止する理由にされてはたまらないので、今のうちに苦言を呈して抗議しておくべきだろうと。

以上をもって、出版物の総額明記義務は百害どころか千害あって一利無しのものであり、反対とする理由として締めくくる。

追記(2020.9.17)

書協が大きな混乱はないと認識していたり、出版社感で問題に対する危惧感の違いがあるとのこと。
しかしある種の隙やシステムの穴があるような気がして、油断ならなくもある。


こんな論評書いてる暇があれば小説を書くべきだろうに!と言いながらさらば。また会おう。

私は金の力で動く。