火傷の魔女と魔弾の射手 #4

「神?」
 あまりに抽象的やすぎないか、と魔女は思う。
「俺は神を殺す」
 どうやら、本気のようらしい。魔女はそこで追求をやめる。
 分の悪い取引だったかもしれない。こっちは過去の話、あっちは与太話。しかしそれ以上追求するにはこの青年はあまりにも口数が少なすぎる。

「もっと面白い答えを期待してたんだけどね」
 魔女は包み隠さず本音を言いながら、革袋を開く。
 予想したとおり中身はすべて金貨だ。中身の半分ほどを卓にぶちまけて、手前側に引き寄せて引き出しの中に落として入れる。残りの金貨が入った革袋を青年のほうへと押して返す。
「これ以上は受け取れんよ。残りは持って帰りな」
 青年は無言で革袋を手に取る。外套が翻ると青年の装束が覗き見える。鎧甲冑とも鎖帷子とも違う材質の防具、複数の小型の袋がついたウェア。
 青年は魔女の修復した武器を、腰の横についたホルスターに収める。
「世話になった」
 外套を翻して、青年は背を向ける。出口の扉に手をかけたところで、
「待ちな」
 魔女は青年を呼び止めてしまう。

「本当に神を殺すっていうんだったら、せめて悪魔に願掛けぐらいしておきな」
 魔女が投擲したそれを、青年は半身を返して片手で掴み取る。なんの飾り気もない銀の指輪が銀色の鎖に通されていて、ネックレスのように首からかけられるようになっていた。
「代金はいらないよ。おまけでつけておく」
 青年は指輪を眺めていたが、すぐに懐にしまい込む。
 そのまま無言のまま扉を開け、光の中へ消えていく。扉が勝手に締まり、工房に薄暗い闇が戻ってくる。

「神……ねぇ……」
 魔女は闇の中で思案する。
 鎧も貫通して一撃で殺せる飛び道具、そんなものがあれば誰でも初手必殺で仕留めることができるだろう。演説する最中の王、甲冑を纏った将軍、もしくは巨大な怪物でも倒せるのではなかろうか。
 あの青年の言う神とは、そのような魔性の類なのであろうか。
 よもや、と魔女は考えを振り切る。
 神なぞいるわけがない。
 神を崇め奉るのは『それが必要な人間』だけだ。自分という主語を大きくするための象徴。自分は絶対に正しい、自分の意志は世界の総意だ、自分に逆らうものは間違っている、そういった傲慢をさも正当性があるように謳うための愚者の肖像だ。

 もし、あの青年が、神を本当の意味で殺すのなら──。

 雷鳴のような轟音が響く。

 【続く】

私は金の力で動く。