そこに愛はあるんか


頭も性格も悪い知り合いの女が、あたし頭も性格も悪くないのになんでいつもセフレ止まりで彼氏できないんだろうと言っており、そういうとこやぞと思った。頭も性格も悪いから本当のことを言ってくれるようなちゃんとした友人はいないし、顔だけは中途半端に良いからワンチャン狙いの男たちに持ち上げられて自己認識を悪化させる。こういう女をめざとく見つけてセフレにすることに特化したカス男共は往々にして所謂ハイスペであり、一時的にでもハイスペ男と深い関係があったという事実がさらに自己認識を悪化させる。

だが上記カス男共は当然そんな顔しか取り柄のない女を彼女にしない。幸運に幸運が重なって彼女になれたとしても、あと五回くらい幸運を追加しないと結婚には至らない。結婚の前に横たわる大河に比べれば彼女とセフレの境界など道端の水路に等しい。女はセフレか彼女かで考えがちだが、男にとっては婚約者・配偶者以外は同じである。彼女もセフレも結婚が視野に入っていないのであればしょせん恋愛という名の遊びにすぎず、両者の違いは必要となる時間的・金銭的コストにしかない。上記カス男共はケチ男でもあるから、そのコストを削ってなるべく手持ちの女をセフレにとどめ置こうとする。セフレにするか彼女にするかは、愛しているかどうかではなく、遊びとしてどれくらいコストをかける意思があるかで決まる。その程度の話である。本当に愛があればさっさと入籍、少なくとも婚約しています。

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