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アバター同士のコミュニケーションでは空気を読むのが難しい

メタバースといえばビジネスや技術、創作が大きなテーマになりがちですが、僕の関心事はもうずっとコミュニケーションです。

1年以上clusterにいて感じるのは、みんないろんなことを話題にしながらも、嫌な思いをしたり悩んだりするきっかけの多くが人間関係、コミュニケーションの問題にぶつかったときです。

※この記事では明確な悪意や故意によるトラブル、荒らしや迷惑者など意思疎通や相互理解が困難な相手は対象にしていません。

無意識からの情報の欠落

問題自体はclusterないしメタバースの外、つまり生身のコミュニケーションで生じるものとほとんど同じですが、アバター同士でのコミュニケーションには甚大な違いがあります。

それは、生身の僕たちが無意識に発していた仕草や表情、そして相手の仕草や表情から無意識に読み取っていた情報の一切が欠落しているということです。

例えば、人は相手がほんの一瞬だけ口角を上げたことを意識的にであれ無意識的にであれ絶対に見逃しませんが、アバター同士ではそうした表情の機微はそもそも存在しません(アイトラッキングやフェイストラッキングが普及すれば~という将来の話は置いておき、現在の話をしましょう)。

この「一瞬の笑み」はたいしたことのないように思えて、実際にはコミュニケーションに強烈な影響を与えます。なんとなく話しやすい人だな、と思った相手が実はそういう一瞬の好意をたくさん見せてくれていたというケースもありえます。無意識は非常に優秀なセンサーで、意識的には察知できないほどわずかな目の動きもキャッチして、相手の評価に用いています。

無意識からの情報を穴埋めするには

clusterでは表情やエモーションで意思表示できます(ここでいう「意思」は感情や考えなど全部を含みます)。でも、それらはいずれも「このボタンを押そう」という意図があってのもので、無意識とは無縁です。

コミュニケーションが無意識にどれほど依存しているかは明示できませんが、僕自身は7割から8割を占めていると思っています。とすると、アバター同士のコミュニケーションでは生身のコミュニケーションの2、3割の情報しかやり取りできていないことになります。欠落した大半の情報を別の何かで埋めなければ、生身のコミュニケーションと同じような交流はできません。

※同時に、アバターのちょっとした動作――体や顔の向いている方向など――を生身のそれと同一視して無意識的に読み取ってしまい、情報を誤解釈する可能性もあります。

VR機器を持っている人であれば、手や頭の動きなどでそれなりに無意識が表現されると思うので、穴埋めがけっこうできているかもしれません。ただ、人が無意識に読み取る情報の多くが顔に集中しているので、完全な穴埋めはできていないでしょう(VRChatの出来事もいろいろ伝え聞きます)。

穴埋めのために駆使されるべきなのが言葉です。

バーチャル空間で空気を読むのは難しい

ところが、これは日本人同士のコミュニケーションによくあることで、言葉では明示的に伝えずに「察する/察してもらう」「空気を読む/空気を読んでもらう」という伝統芸があります。

「空気を読む/空気を読んでもらう」のはとてつもなく高等なテクニックで、その場の文脈や人間関係を理解する能力、誰がどんな思惑を抱いているかを想像する能力が必要となります。

これができるのは気遣いに長けた人、あるいは相手の思惑や感情を考えすぎる人です。しかし、空気とは往々にして自他の無意識からの情報のことです。「なんとなく分かる」の感覚。もしそれがなかったとしたら?

そんなわけで、バーチャル空間では空気たる無意識が欠落しているにもかかわらず、空気を読むコミュニケーションを実践しようとすると、悲劇が生まれてしまうわけです。

この悲劇を避けるには、できるだけ言葉を使って明示的に意思表示するほかありません。そうしなければ、自分が快適でいられるコミュニケーションは成立しない可能性が高くなってしまうでしょう。

バーチャル空間では空気を読めないし、空気を読んでもらうこともできないと想定しておくことが大事です。

ボイスチャットの音量が大きいとき

ということで、バーチャル空間では好意であれ苦情であれ、よりよい関係の構築のためには言葉を使わなければなりません。

好意ならおそらく遠慮なく伝えられる人が多いでしょう。しかし、苦情だったらどうでしょうか。難しい、と考える人が多そうです(僕もそうでしたが克服しました)。

例えば、ボイスチャットの音量がほかの人より大きい人がいたとして、皆さんは音量を下げてもらうよう伝えられるでしょうか。僕の知り合いは、自分が我慢すればいいやと黙っていたことがあったそうです。

たぶん、相手のよくない点を伝えて気分を害されてしまう、その場の雰囲気が悪くなることを恐れてのことです。でも、バーチャル空間では自分の声がどれくらいの大きさで相手に聞こえているのか、指摘されないと分かりません。意図せず迷惑を振りまいてしまうこともまた悲劇ですから、ちゃんと伝えてあげたほうがいいのは間違いないでしょう。

ただし、伝え方は工夫すべきです。「声が大きいから小さく喋ってほしい」だと気を悪くされる可能性が高いですが、「音量の設定が大きいから調節してほしい」だと機器やソフトウェアの責任にできるので大丈夫そうです。

生身のコミュニケーションでは空気を読んで察することが気遣いの証だったかもしれませんが、アバター同士のコミュニケーションでは相手が傷つきにくく、かつ改善してもらえる言い回しのできることが気遣いの証なのかもしれません。

※仕事の打ち合わせでZoomなどを使っていても同様の音量やノイズの問題がけっこう生じます。意外なことに、誰も指摘せずに進行されることが多いんですよね。相手はわざとやっているわけではないですし、その場で伝えてあげるべきだと思います。

どうしても直接伝えられないときは

とはいえ、はっきり言葉で伝えることに慣れていない人や相手にどう思われるか不安な人、自分がでしゃばって雰囲気を悪くしたくない人にとって、相手に苦情を直接伝えることは心理的障壁が非常に高く、その行為自体が快適なコミュニケーションから遠ざかることになるかもしれません。

そういうときは、親しい人にお願いするのも一手です。別に卑怯なことではないですし、自分がいたいと思っている場なのに自分だけ我慢する/自分がそこから離れる、といった消極的な対処はできれば避けてほしいな、と祈りたいところです(そうするしかない状況もあるかと思いつつ……)。

僕はclusterで幸甚亭というカジノバーを運営していましたが、いわばホストであり、場の管理に責任があります。なので、少なくとも幸甚亭で生じた問題については、僕にこっそり言ってもらえれば僕から相手の人に伝えます。ご安心ください(幸甚亭の外だと話は別……)。

僕はもちろん基本的には八方美人戦略を取っており、できればみんなに幸甚亭を好きになってほしいと思っています。ですが、ホストであるがゆえに不快の原因はなるべく取り除かなければなりません。僕が注意することで僕や幸甚亭にネガティブな評価をするなら、それはもうしょうがない。場作りってのはきっとそういうことで、両取りはできません。

ワールドの持ち主の責任が及ぶ範囲とは

僕はあくまでワールド運営をしているので場作りの責任があると考えていますが、ワールドの持ち主によっては作って公開しただけで、そのワールドで起こった問題に責任を持つわけではない人も多いと思います。ここはちょっと解釈が難しいところですが、そのワールドの持ち主がどういうスタンスなのかは知っておいたほうがよさそうですね。

あと、少数でしょうがワールド運営をしている人がこの記事を見ているとしたら、運営者は「空気を読む」や「察する」に甘んじていてはいけないと思います。自分や来てくれる人が快適に過ごせる空間を作りたいなら、いわゆる汚れ役も引き受けなければならないでしょう。

ワールドは著作物なので利用規約やルールを掲示しておくべきですし、いざとなったらそれに沿って粛々と対処することも求められます。ルールがあると知ってもらったほうがいざというとき対処しやすいはずです。

そういう明示的な注意・警告を避け、あくまで婉曲な言葉を使って「察しろ」的な空気を醸し出して表面的には笑顔を装うのは、そのとおり表面的には平和に見えますが、中身はギスギスの不快感溜まりまくりの地獄になるはずです。

そんな地獄が楽しいはずもなく。面と向かって言いづらいことでも言わないと改善が見込めない場合は、ちゃんとお互いに意思を伝え合う。それが当たり前な雰囲気やカルチャーを作っていくほうが、おそらくはかえって心理的安全性が確保され、より健全な場を作っていけるのではないでしょうか。


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