2024.2.27『海の見える家』はらだみずき

主人公の文哉が育っていく姿に、心底感動した。
他人ではなく自分の価値観で道を、波を選んでいくことが大切で、人生には必要なのだと、亡き父から教わっているようだった。

自分がぼんやりとしか知らないままにしているものは、多くある。近いものほど、見えていなかったり、見ようとしていなかったり。逆に遠ければ遠いほど、見たくなったりもする。
そうして知らないままにしているものの中には、本作と同じように、今の自分には無い価値観があるのだと思う。
自分には関係のない話だと決めつける前に、まずそこに目を向けてみる努力は、私にとって必要なのかもしれないと感じた。

また、細やかながら良い塩梅で余白があり、その様子が自分だけのイメージになるような自然の表現がとても印象的だった。

『気がつけば夕陽が西の空を橙色に染めている。夕陽を眺めるなんて子供の頃以来だし、水平線に沈む夕陽を見るのは初めてだった。
夕陽は空だけでなく、海をも照らし出し、沖に顔を出す岩や港に係留した船や海岸道路のガードレールや民家や、すべてのものにその光をあまねく分け与えていた。それは竿を握った文哉自身も例外ではなかった。
夕陽を浴びながら、文哉は岩の上で笑っていた。
ーーーこんな素晴らしい景色が、こんな身近に、しかも無料で見られるなんて。』

はらだみずき『海の見える家』p102

父が遺した古屋から見える海で、文哉がはじめて釣竿を握るシーンだが、夕焼けのように移り変わる文哉の心情を重ねているように私は感じる。それが空や海などを表す『自然』と、自分の意思はなく勝手に動く『自然』の、二重になっているのではないかと思っている。
このシーンは、少なくともそれまでは父のことをよく知らずにいた文哉が、前を向き始めたであろう瞬間ではないかと思い、特に印象的だった。

人生は選択の連続でできている。起きるか寝るかもその一つ。
大小はあれど、少なくともこれからは
『選択を放棄する』のではなく、
『こっちを選んでいる』と胸を張れるように、
自分の価値観とものさしで物事を考える必要があると改めて感じる作品だった。

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