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【旅をする木】アラスカに魅せられた日本人カメラマン

星野道夫さんは、日本からアラスカに移住して活動をしていた写真家です。

人間の力の及ばない自然に魅せられ、世界各地を旅した星野さんの旅の記録を綴ったエッセイがこの「旅をする木」という本。この本の中で描かれているのは1990年代以前の世界の姿で、きっと今はもう見ることができない自然もたくさんあるんだろうなと思いながら読みました。

各地に残された自然や、人々の暮らしの記憶、土地がたどってきた歴史などを追いかけ続けた星野さんの生活は、誌的で美しいです。その中でも特に印象に残っている描写をご紹介します。

プランクトンのスープ

南東アラスカの透明度の低い海を、星野さんはそれが豊かさの証だと言います。オヒョウ、サケ、カニなどがたくさん集まってくるその海は、まさにプランクトンのスープ。

なんて美しい表現なんだ…と痺れました。私もどこかで使わせてもらいたいです(どこで?)。

ブルーベリーを食べる時はクマに注意

アラスカでは、秋になるとブルーベリーやクランベリーが実ります。それをちぎっては食べ、ちぎっては食べするのが至福の時だそうですが、ブルーベリーに夢中になっているとクマと鉢合わせしてしまうことがあるそうです。

クマもブルーベリーに夢中になっているので人間に気づかないんだとか。

ブルーベリーを摘みに行く人に「クマと鉢合わせするなよ!」と声をかけるのが習慣になっているアラスカでは、クマは身近な脅威なんですね。

旅の途中で床屋に寄る

星野さんは、アラスカに拠点を移してからも各地への旅を続けていました。そんな星野さんの持論は、「その土地に暮らす人びとの匂いを嗅ぎたいのなら床屋へ行くこと」。

たしかに床屋は、観光客は立ち寄ることのない、人の生活に根差した場所ですよね。私も旅先で髪を切ってみようかな。

若い時代にはアラスカへ行くな

100年以上も前にアラスカを旅した人が、アラスカに行くのは人生の最後にした方がいいという言葉を残しているそうです。アラスカの壮大な自然を知ってしまうと、他の世界が小さく見えてしまうからではないかと星野さんは言っています。

若いうちに色んな場所を見て、人生の総決算でアラスカの地を踏む。なんて素敵なんでしょう。

逆にアラスカで生まれてアラスカで生活している人は、他の土地を物足りなく感じたりするんでしょうか。特に日本は、アラスカと比べると狭くて窮屈に思えるかもしれませんね。

先住民族との交流

作中には、アイヌやエスキモー、インディアンといった先住民族が多く登場します。彼らの歴史を知り、近くでその生き方を見てきた星野さんの言葉には重みを感じました。そしてその地に後からやってきて彼らの生き方を変えてしまった人々の話も。

アイヌにとっては私もそういった和人の1人なんだと思うとなんともやるせない気持ちになります。

クマに急接近

ブラックベアの行動範囲を調査するために、冬眠中のクマに麻酔を打って発信器を取り替えるという作業の描写は、ヒリヒリするほどの緊張感がありました。

「多分」麻酔が効いているという状態のクマを引きずったり持ち上げたり埋めなおしたり…。星野さんは眠っているクマの口の中に指を入れたりおなかに顔をうずめたりもしていました。

恐怖心というものはないのか…!

この時は無事にクマとの接触を終えた星野さんでしたが、1996年にヒグマに襲われて命を落としているんですよね。自然を追いかけ、自然の中で亡くなった星野さんは、最後に何を思ったのでしょうか。

リツヤベイの無人島で暮らしていた1人の男

1915年頃から22年間もの間、リツヤベイという入江でたった1人で暮らしていた世捨て人がいるといいます。

彼の名はジム・ハスクロフ。小島で誰とも会うことなく自給自足の生活をしていた人物。

これだけでもう物語の気配がします。

彼は、1年に1度だけ人里に現れ、1年分の新聞を譲ってもらうんだとか。そして毎日きっかり1年前の新聞を読んでいたそうです。

心優しく思いやりに溢れた人物だったというジムが、どうしてリツヤベイで暮らすことになったのか、そこでの暮らしはどんなものだったのか、どこまでも想像が膨らんでワクワクしてしまいました。

時間や予定やお金に追われて毎日あくせく生活している私たちよりも、よっぽど幸せなんじゃないかと思えてしまいます。

最後に

「旅をする木」は、1995年以前に書かれたエッセイです。それから約30年が経ちました。

おそらく、当時星野さんが見ていた景色と、今のアラスカの景色はだいぶ違うものになっているのではないでしょうか。各地に残っていた民族も、今では都会の暮らしになじんでいるかもしれません。

だからこそ、星野さんの残したこの記録は、とても価値のあるものに思えます。

同じように、今私たちが見ている世界も、30年先には変わってしまっているのかも。そう思うと、色々な形で今の姿を残しておくことは意味があるのではないかと思います。

何より、私は「旅をする木」を読んで旅がしたくなりました。世界にはまだ見たことのない景色がたくさんあって、想像もつかないような暮らしをしている人たちがいるんだと思うとドキドキします。いつかこの目でそんな世界を見てみたいな。



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