絶望の果てとかすかな救済

私は失意のどん底にいた。大切なものを何もかも失い、世の中に忙殺され、何とか形を保っているだけ。骸も同然となった私は感情という感情が死に果て、何に希望を見出だせばいいのか分からず目に映るもの全て絶望に感じていた。

あの日も私はこの世の終わりのような表情を浮かべ虚飾に満ちた池袋の喧騒をただ歩いていた。あてもなくただひたすら。ふと視界をネオンが横切った。細長い出入口にあしらわれた何てことないネオンが私の死んだ表情をかすかに照らした。

もう何もかもどうでもよかった。私の好きな餃子の王将をたらふく食べても心は凍てつき、胃だけがただかすかに張っている感覚で感情はうんともすんとも言わずじまい。私は明日どうなってもいいという底果ての絶望に支配され、少しでも私の絶望を照らしてくれるものがえらく魅力的に映った。

ネオンであしらわれた出入口を通ると、やや急な階段を上り終えた先に押戸がある。ドアを一押しすると喫茶店のようなベルを鳴らしながらドアが開く。過剰なまでに効いた冷房の室内に可もなく不可もない店員がこの空間の説明を始めた。

四つのコースが用意され、上から三つ目のコースを店員はやたらと勧めてくる。女性の乳房を直に触れられるとの旨、私はそのコースを何の躊躇いもなく選ぶ。私に思考する余地はなく、店員の言いなりも同然だった。店員は次に女性を選ぶかどうか聞いた。私はすぐにこの空間を後にしたかったので一番即座に選択できる子を要求した。良心的な店員は私が「その子でいい」というとすぐに案内してくれた。

私はある一つの空間から別の空間へ移動させられた。ドアで仕切られた個別の空間である。中には固く暖色を帯びた貧相なソファが横たわり、使用の気配が見られないシャワーが片隅でそっと佇む。

この空間の趣旨は、人目を憚るような映像を見ているさなかに女性が突如として個別空間に足を踏み入れ、刺激的な振る舞いを施してくれるというものであった。 初めは真面目に映像の視聴を試みようとしたが媒体の操作方法が分からず、ただそういう建前なのだと理解した。

私は数分間、貧相なソファに腰を下ろし女性の入室を待機した。こんこんとドアをノックする音。私が声を発すると女性がドアを開けて入ってきた。20代前半だろうか。若くきれいな子が私の横に腰を下ろした。

絶望の果てにいた私の凍てついた表情にも臆せず、彼女は緊張をほぐしてくれるような優しい会話をする。無条件の優しさを前に突如として先ほど餃子の王将で餃子を食べたことを申し訳なく思う。こんなかわいらしい子ににんにくの臭気を漂わせてはいないだろうか!彼女はとても優しく私の本能的な部分をそっと触れ始める。私は其に呼応するように触ることを許された生の乳房をそっと触れる。果てのない柔らかさ。私は繰り返し触る。手のひらの先でかすかな反発の後にほろほろほどけていく、その白くかすかな乳房。私のとても素直な本能的な部分は、彼女の優しさと柔らかさに生気を取り戻しすぐさまあるべき姿へと変貌した。その様子を彼女は微笑ましく見つめる。優しくそれに添い遂げる彼女の柔らかくきめ細やかな手の先に私は感情を支配されかけている。

時折、私の凍てついた表情に微笑みかける彼女の容貌を前に、私は「今は自分を許してもいいのかもしれないと」思いかけた。「ふふっ」という声と共にじっと瞳を見つめてくる彼女。私の紳士的な部分が反射的にそれに応える。

私は乳房をむさぼり始めた。そういう追加項目が選べたのだ。彼女は申し訳程度の吐息を漏らす。私はこれで正しいのか判別つかず、意気地なしのむさぼりを終えた。再び手のひらで乳房を思うままに揉みほぐす。果てのない柔らかさ。私は目の前でほどけていく感覚のそれに脳内までも支配されるのではないかという錯覚を抱く。

私はこの世で一番優しい存在へと変貌した。彼女の無条件の優しさと柔らかさを前に。私の優しさとは裏腹に、本能的な部分は力をみなぎらせ続けている。彼にも果ては必ずあり、彼女と私は彼の果ての姿をそっと見届けた。彼の本能の一時の終わりが私にも波及する。わずかに身体がたじろぐ。彼女は彼を優しくそっと撫でる。先ほどまでの勇ましい姿を失った彼に、変わらない優しさでもてなす。彼を果てに導いた白濁をそっと拭いとる。私は幼稚園の時のスイミングスクールを思い出す。プールから上がった私をタオルで優しく拭いてくれた母の姿と思わぬ邂逅を果たす。我が子のようにそっと優しく彼を汚したそれを、隅々まで拭い去り、かつての大人しく内気な彼の素顔へと戻っていった。

私は名残惜しささえ感じた。あれだけ絶望の縁にいた私を無条件に受け入れてくれた彼女の素晴らしきもてなしを前に。私は単なる抱擁を要求した。何の汚れもなき身体を暖めるだけの抱擁を。彼女は応えてくれた。しっかりと優しく、ぎゅっと。無意識に私は安らかな微笑みを浮かべていた。

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