上村元のひとりごと その238:枕
こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。
枕が、小さくなりました。
縮んだのではない。
頭が、増えたのです。
分裂したのでもない。
猫のミントが、どうしても、僕の頭にしがみついて寝るのです。
一人だった時、僕は、どちらかと言うと、固まって寝るタイプで、あまり寝相を変えずに、仰向けで寝入り、仰向けで起きていました。
ところが、青緑色の、ぽさぽさした毛皮の方が、顔面に、びっちりと、密着しておやすみになるので、そのままでいては、窒息する。
仕方なく、起こさないように、首を曲げ、顎を上げ、どうにか気道を確保するうちに、だんだん、枕が合わなくなってきました。
落ちるのです。
小さめの、蕎麦殻ではないと思いますが、じゃりじゃりした素材の入った、硬い枕から、いつの間にか、頭がずり落ちて、変な体勢になる。
横向きになると、頰が圧迫されて、口が開くらしく、喉がからからに乾いて、むせて起きることも、しょっちゅう。
これでは、いけない。
もっと、幅広の、二人で楽々、寝られる枕が欲しい。
というわけで、最寄りのイトーヨーカドーの、寝具売り場にやってきました。
にごるるる。んちゅりりら。
肩に掛けたエコバッグの中、ミントは今日も、ご機嫌です。
枕ほど、大事なものはありません。
寝ている間に、椿事が起こり、慌てふためくあまり、枕だけ抱えて逃げた、というのは、笑い話のようで、そうではない。
財布よりも、枕なのです。
お金がなくても、なんとかなりますが、枕がなくては、どうしようもない。
危ないのです。
頭を、直に地面につけて、意識を失う、というシチュエーションは、どう考えても、死んでいる、あるいは、死にかけている。
遺体にさえ、枕を添えます。
まして、生きている人間が、枕なしで寝るというのは、自殺行為。
どうぞ、この身体を、好き放題に、切り刻んでくださいと、看板を掲げるようなもの。
なぜ、妖怪のなかに、枕返し、なるものが含まれているか、というと、寝ている間に、勝手に、枕をいじられるというのは、人間にとって、ものすごく怖いことだからです。
理屈ではない。
枕とは、身体にとって、何より重要な防具なのです。
それでは、その最重要装備に、どれだけの額でもつぎ込んでいいか、というと、そうではないところが、肝心です。
売り場の棚、ぼぼんと、ほぼむき出しで投げ置かれた、格安枕から、ボール箱に入れられて、種々の能書きが貼りめぐらされた、医師のお墨付き枕まで、その価格幅は、実に、数千円。
首や肩に支障がある人ほど、よりよい睡眠環境を求めて、お高い枕に手を出しがちですが、それは、はっきり言って、無駄遣い。
もし、本当に、枕にお金をかける気があるのなら、ヨーカドーに来てはいけません。
ハリー・ポッターが、魔法学校に入学する際、魔術の道具を揃えたのは、その道の専門家のいる、専門店においてでした。
繰り返しますが、枕は、とても大事なのです。
魔法使いにとっての、魔法の杖にも匹敵するのです。
本気で、完璧に眠りたいのであれば、枕の専門店に行くべきです。
決して、ぐっすり眠れる魔法の枕、という売り文句に惹かれて、その実は、ほんの少し、高級素材を使ってみただけの、普通の枕を買ってはいけない。
ちゅやーん。ぬぐふーん。むっきゃむしゃー。
車輪の中のハムスターのように、薄いバッグを蹴破らんばかりに、くるくる回転する、いつでも元気なぬいぐるみの猫と、仲良く眠りたいだけの僕に、ふさわしい枕とは。
やっぱり、ヨーカドーです。
そこは、譲れません。
かといって、投げ売りのも、箱入りのも、向いていない。
なぜなら、物書きだから。
頭が、資本だから。
じっくり考えること、三十分。
価格的には、下から、二番目。大きさ的には、一・五人分。
丸ごと洗える、日本製の、ふかふかのポリエステルに、決定です。
大事に抱えて、家に帰り、一緒に新調したカバーを、洗って、乾燥させて、装着し、わくわくしながら、夜を待ちます。
タンスの上、きゅーにゅ、きゅーにゅ。鼻歌タイムを無事に終え、ほわま、ほわま。眠くなったミントを抱いて、いざ、ベッドへ。
がっしりと、顔面にしがみついて、ぴーぷす、ぴーぷす。
なんの文句もなく、ミントは、ぐっすり。
ころころと、頭を回しても、ずり落ちない。ぎしゃぎしゃと、耳元で鳴る、今思えば、少なからず不愉快だった、詰め物の音も、しない。
よかった。
ありがとう。
これできっと、よく眠れる。
はからずも、自分に、クリスマスプレゼントをしてしまいました。仕事の、必要経費だと思えば、安いかな。それでは、また。
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