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瓶のぞき

 佐々木龍大さんが取り組む正藍染めは、最小限の天然素材を発酵させて染める伝統的な技である。
 約100日間、藍の葉を発酵させてつくるすくも、広葉樹の木灰、水。この3つだけで藍を建てる。「建てる」とは発酵や薬剤を利用して水に溶けない青色色素インディゴを水溶性に変化させ染液を「つくる」こと。建て方にも室町時代から続く「発酵建て」と産業革命以降に発明された「化学建て」とがある。現在は化学建てが主流だという。石炭由来の顔料から染める場合は「インディゴ染め」と呼ぶらしい。
 1つの瓶に必要なすくもは30キロ。木灰と水でつくった灰汁と合わせてこねる。次に数時間、杵で突く。翌日は瓶に入って足でよく踏み練る。よく練って、細かくすりつぶすことが活発な発酵を促し、ひいては染め色を左右する。練れたら灰汁を足し、約20℃の水温を保って数日間寝かせる。
 藍は生き物である。木灰で強アルカリ性にした快適な寝床をこしらえ、ときには食事として貝灰を与える。ご機嫌を取り、染めていただく。機嫌が悪いときには、作業がはかどりそうな快晴の日でも仕事はできない。
 工房には約1000リットルの藍瓶が3つ並んでいる。瓶といっても陶器ではない。黄色いポリエチレンの貯水タンクを代用している。それぞれに、2カ月、半年、1年と建てた時期が異なる。
 生き物なのだから寿命もある。
 瓶の中で織りなす藍の一生は、人間と同様。その時期、その瞬間にしか出ない色がある。
 土のような匂いを発し、一瞬で白地を紺に染める青春期から、匂いはなくなり瑠璃紺色に落ち着く壮年期を経て、高い秋の空を思わせる澄んだ水色へと昇華する。この水色を「瓶のぞき」といって、健康に老いて品格を失わない最晩年の色である。若い藍では染められない。
 佐々木さんのライフワークは浴衣である。布地はざっくりとした麻と綿が好みだという。丹精込めて育まれた藍は、どの年代も生き生きとしている。
 躍動する藍を見てみたい。誰か着て、歩いてくれないだろうか。

2022年6月3日提出

2022年6月17日に最終回を迎えた文章教室。その前ということで「止めないで!」という気持ちで書きました。テーマは「歩く」。結構、無理くりです。いつもですが(^^;

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