ふれる

先生が、おすすめの作家を教えてくれた。

取り急ぎ青空文庫をスクロールしながら、文学史程度のことしか知らなかったその作家に、今になって初めて、“ふれた”な、そう思った。

そう思った時、あぁ、“ふれる”って言葉、すきだなあ‥と思った。

作品を“よむ”じゃなくて、作品に“ふれる”。

どんなふうに“ふれる”の、どんな温度で“ふれる”の、どこで“ふれる”の。

“よむ”だと目と心で、って感じがするけど、“ふれる”だと、それに加えて、肌触り、体温、ぬくもりや、におい、そんなものも一緒に感じられるような気がする。

今の私のぜんぶで、その作品に“ふれる”。
そうすると、たまに、その作品の方から私に“ふれて”くれたな、そう感じるときがある。

作品の一部が、私になったような。
私の一部が、作品になったような。

まだ“ふれた”ことのない作品があるのはきっと、私がまだ、その作品に“ふれる”準備ができていないから。

まだ“ふれる”ことができない作品があるのはきっと、私の中で片付かない気持ちがあるから。

自分から作品に“ふれる”のも、作品に“ふれて”もらうのも、ちょっとこわくて、でもちょっとわくわくで、でもやっぱりちょっと勇気がいるよなぁ、そんなことを思いながら


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