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神様は乗り越えられない試練は与えない。

二年前に父を白血病で亡くしてから、母は高齢者住宅で暮らしています。認知症(健忘症)があるものの、顔を出すと嬉しそうに迎えてくれ、大好きなチョコの差し入れを美味しそうに食べ、帰り際には「どうもありがと」といつも手を振ってくれます。

そんな母ですが、「最近急に食欲が無く、元気が無い」と施設のスタッフさんから連絡を受けたため、土曜日に検査入院をさせました。

昨日は月曜日。
最近、出社を迷うなどと言いつつも、私はすんなり『仕事へ行く』を選択していました。ただ、朝から体調が思わしくなく、仕事をしながら咳、くしゃみ、だるさに苦しんでいました。「こりゃ、昼食べたら、帰って病院行くかな」と思い、早めに昼休みに入ったところ、手元の携帯電話が鳴りました。

母が入院した病院からでした。
「今後の治療について主治医から話がしたいのでこれから来てほしい」とのことでした。早退の理由は「体調不良」から「母親の病院へ行くため」に変わり、退社。地下鉄とバスを乗り継いで、病院に到着しました。

土日は元気がなく、ぼーっとしていた母でしたが、その日は、目がパッチリと開いていて調子が良いようでした。


「あら、珍しいね~」
土日に続き、三日連続で顔を合わせていましたが、母は、"いつもの"挨拶で迎えてくれました。「あら。今日は元気そうだね。」私は、笑顔で返しました。

少しの時間、ぼーっとしている母の顔を見ていると、「先生から説明がありますので」入ってきた看護師から声をかけられ、私は一人、病室を出ました。

それから、母の主治医からの説明、私からの質問などを終え、30分後に病室へ戻りました。母は、またパッチリと目を開けていました。"いつもの挨拶"が出る前にこちらから「来てたよ、覚えてる?」と言いました。「わかってるよ」と弱々しい声ながらも、笑顔で返してくれました。

「今度来るときプリンでも買ってくるかい?好きだもんね。」母に声をかけると、母は

「いいね。食べたい」

「ちょっと待ってて。やっぱり今買ってくるわ」



私は、病院を出て、近くのコンビニへ向かいました。

プリンを一つだけ買い、病室へ戻りました。

「プリン買ってきたよ。今食べるかい。」
「うん。食べたい」

私は、不自由な左手で、なんとかプリンの容器を持ち、スプーンを持った右手を母の口元に運びました。

「おいしい」
私は、「買ってきたばっかりだから冷たいでしょ」と涙をこらえながら言いました。

「おいしい」

「良かった」

三口ほど食べたところで、「もう、いいよ」と言うので「じゃぁ、もう一口だけどうぞ」と右手を口元へ持っていきました。

残りは私が食べました。

なぜか、焦って、食べました。


タオルケットから、細い細い手を出して握りました。
「また、来るね」

「どうもありがと」は言ってくれませんでしたが、手を振ってくれました。





バスを下り、家までの道のりは、人通りが無い道を選びながら歩きました。



いつも読んでいただきありがとうございます。