「配信はもう戦争」 1枠目 

あらすじ
登録者数30万人のVtuber、盆地山オサムは、架空の国「皇国」の情報将校である。
そういう設定のVtuberのように見せているが、実は盆地山の設定は全て真実であり「皇国」は、日本の裏に実在する国である。
 いつも通り配信していた盆地山であったが、とある新人Vtuberの存在をコメントで知る。セラフィマという女性Vは、架空の国レッドサン帝国のスパイを名乗っていた。
 しかしレッドサンは、裏日本「皇国」と冷戦真っ最中の国である。彼女は、本物のスパイなのか? 一般人がそういう設定のVtuberを演じているだけなのか? 盆地山とセラフィマの、情報戦ラブコメが始まる。
Vtuber×ミリタリー×ラブコメ。

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本文


 恋と戦争においては、あらゆる戦術が許される。──英国の諺──

「こんぼんち~。諸君、元気かね。情報将校系Vtuber、盆地山オサムだよ~。今日は予告通り、スパイについて軽く講座をやります。ほいほい」

 盆地山はOBSの画面共有で、一週間前から作っていた画像を共有する。ちゃんとアバターは表示されていた。七三分けの、カーキ色の軍服青年が表示されている。三白眼で、ちょっとぽっちゃりとした、どこか愛嬌のあるキャラだ。

 盆地山オサム。Vtuberである。「ボンくん」の愛称で親しまれている。

「古今東西、スパイと言えば憧れの職業だね。秘匿性が高いので、伝聞とフィクションばかりになってて、実態は不明。さて、スパイについて、話せる範囲で話していこうか」

【オッケー】【楽しみにしてた】【面白そう】とコメントが並んだ。盆地山はポンと画面を切り替える。忍者の画像だ。

「日本におけるスパイの元祖と言ったら皆おなじみの忍者だね。戦国時代から、対抗する勢力についての情報を得ること、諜報は重視されていた。装備品の質や量、糧食の貯蔵、生産力、人民の治安や兵士の練度、それらを総合した国力。当然ながら、日本が最後に戦争をした第二次世界大戦でもしきりにスパイは使用された。陸軍中野学校が有名だね」

 写真は著作権にひっかかる可能性があるので、スケッチした中野学校を表示させる。次に、三つに区分けした映像を表示した。

「スパイにも種類があるって知ってた? まず1つ目、スティンカー。卑怯者とかって意味。自国の情報を敵国に売る人。悪い言葉で言うと売国者ね。スパイとしてはほぼ最低ランク。2つ目、二重スパイ。敵国のスパイを抱きこんでこっちのスパイにしちゃうってやつね。3つ目、駐在工作員。これが皆がイメージするスパイじゃないかな。敵国に駐在してスパイ活動をする」

【初めて聞いた】【聞いたことある】【知ってる】とコメントが並んだ。

「さて皆も気になってると思うし、特にどんな人がスパイに向いてるかについて話そうか。まず第一に、現実主義者であること。フィクションとかだと、愛国者や平和主義者みたいな人がスパイやってるけど、あれは最悪。自分の判断だけで動くから、ゴールポストを動かしまくったり、懐柔されて二重スパイになる可能性がある。そーいう理由で、現実主義者が第一。第二に、美男以外。理由は単純、目立つし顔も覚えられるから。【ほなボンくんには向いてるかー】て? やかましわ!」

 いつも通りコメントとプロレスを繰り広げつつ、盆地山は続けた。

「【美女はダメなの?】 これはね、実は時と場合によって、美女がスパイはあり。駐在員には向かないけど、短期で目標を達成するためにはありえるよ。まあ僕は引っ掛からないけどね。皆もハニートラップには注意しような!」

【一番ひっかかりそう】【どの口が】とコメントが並ぶ。盆地山のコメント欄は大体こんな感じだ。盆地山はコメントにツッコミを入れるスタイルなので、ツッコミを期待して軽口コメントしてくれるリスナーが多い。

「【今もスパイっているの?】もちろん。絶対おりゅよ。孫子の時代からいたくらいだよ、どんなに平和な時代になっても、絶対にスパイはいる。Vにもいるんじゃない? なんつって」

 ほんの軽い一言だったが、【いるよ】【おるで】【おるやん】とコメントが並んだ。

「あ、他ハコにいたっけ? え? 【新人Vのスパイが、ボンくんとコラボしたいって言ってた】? おいおい、ハト行為禁止だよ。でもちょっと興味あるな。どんな子?」

【PONだよ】【アホの子だよ】【ミリタリーにはやたら詳しい】などと流れてくる。

「ふーん、じゃあ今度FPSの対決配信でも誘おうかな~。で、次ね。じゃあ、スパイっていくら報酬もらうのかって話だけど……」

 それからも話を続け、盆地山はスパチャ読みも加えて二時間ほどで配信を終えた。

「はーい。ほんじゃ、まったね~、諸君、おつぼんち~。明日は高難易度ゲームの耐久を予定してまーす。高評価、チャンネル登録よろしくお願いしまーす」

 配信停止ボタンを押して、マイクも切る。大きく伸びをして、撮影しているスマホアプリも切った。

「盆地山少尉、お疲れ様です」

 背後の男がさっと敬礼をする。緑色の詰襟の軍服、軍帽、こけた頬……明らかに、本物の軍人であった。

「報告書を纏めて提出するので、もう少し待ってください」
「承知いたしました」

 パソコンを開いたままにしていたので電源を落とし、すぐそばのタブレットを起動して報告書を纏める。配信用のPCは普段使いはしない。それは徹底していた。

「送信完了。すぐ会議室に向かいます」
「はい。皆さまお待ちしてます」

 タブレットを抱えたままエレベーターに乗り、廊下を歩いて突き当りの鉄扉を開けた。

「来たか。配信ご苦労だった」

 盆地山の上官、甲斐田中将が手を組んで待っていた。その他、情報将校の任を与えられた同期らが椅子に腰かけている。

「はい。本日のアナリティクスレポート、全員に送信済みです」

 全員がタブレットを操作している。

「同接3000人か。減ってるんじゃあねーの?」

 真田が半笑いで言った。

「講座ならこんなもんです。人気ゲームの時は10000超える時もあるし」
「登録者数30万で同時接続10000はまさに人気Vtuberと言えるでしょう」

 眼鏡をかけた来島が甲斐田に媚びるようにすり寄っている。甲斐田はスルーした。

「ふむ……視聴者割合、男性98%、女性1.5%か」
「女性でも男性だっつって登録してるやついますからね。ま、でもボンくんの配信は野郎向けでしょ、どう考えても」
「心外です」

 盆地山は下っ歯で上唇を噛みしめ、白目を向いた。不愉快なことを言われた時にするいつもの癖である。

「盆地山、その顔はやめろと……うむ、もう少し登録者数を増やしたいものだが、少々頭打ち感はあるな」
「ピックティックの縦配信経由で登録者数が増えた例がありますが」
「いや、ピックティックはセキュリティに脆弱性がある。一般人ならいいが、私たちは万に一つもバレるわけにはいかない。……この盆地山のVtuberの設定が、真実だなんてな」

 全員が頷いた。
 国会議事堂、その地下深く。
 裏日本、通称皇国。その陸軍大本営がこの地下にあった。
 表日本にバレないよう顔は見せず、表日本の若者文化ネット文化の情報を収集、さらに大金を稼ぐ方法……Vtuberに白羽の矢が立った。これなら語る内容は真実なのでリアリティのあるキャラを作れるし、あくまで中身は一般人です、という顔もできる。顔を晒す必要もない。理想的だ。
 盆地山は、Vtuber事務所「デジライブ」に所属している。デジライブは日本第1位の事務所で、トップの女性Vは400万登録者数を超える。Vの数は少なく、少数精鋭でやっている事務所だ。

「より登録者数を増やすためには、コラボ配信も積極的に行う必要がありそうだな……初配信から1年、基本的にコラボは避けて来ている。おかげで、同期からも評判が悪いだろう、盆地山」
「いやそんなこたないですけど……皆いいやつばっかですし」
「もっと登録者数の多い女性Vと絡まねえ? 同じ事務所に日本一の鐘田ミリアがいるんだからよ」
「あの人はアイドル売りが基本なんで、男性Vとのコラボは事務所側もリスナーも嫌がるんですよ」
「そもそも盆地山は女性と絡んでも面白くならないだろう」
「心外です! まあ、女性と話すと緊張するので、避けたいのはそうなんですがね」
「てめー、情報将校辞めろ」
「辞めない!」

 ぐぬぬと盆地山はいつもの顔をした。

「そういえば、配信内のコメにあった新人のV、ちょっと気にならないですか?」

 来島がキョロキョロしながら言った。

「ああ、スパイとか言っているやつか……よくある設定だろう。世間ではスパイの漫画が流行っているらしいしな……盆地山。一応、その女性Vの配信をいくつかチェックしておけ。事務所はどこだ?」
「トリカラですね。トリプルカラーズ」

 来島がタブレットを操作して、チャンネル画面を見せた。トリプルカラーズは日本2位のV事務所だ。とにかく人数が多く、男女混合でわいわいやっている事務所である。

「この子か? セラフィマ・タチバナ……」

 甲斐田の顔がみるみるうちに青くなっていった。

「? どうしたんですか、中将」
「全員、セラフィマ・タチバナのチャンネル画面を見ろ」

 全員が一斉にタブレットを操作した。

「セラフィマ・タチバナ。レッドサン帝国と日本人のハーフ。日本にてスパイ活動中。好きなものはラーメンと寿司……」
「レッドサンだと」

 真田が大声を出した。
 レッドサン帝国。現在、皇国と冷戦状態の国である。皇国と同じ裏世界に属し、表のロシア付近に存在する。半年前から国交断絶し、お互いスパイを送り合う関係だった。一つなにかが起これば、すぐさま皇国と戦争になる国。

「た、たまたまでは? レッドサン帝国のスパイが、日本でVtuber活動なんて……はは……」

 来島は汗をかいている。

「いや、盆地山だって日本でやってるんだぜ。なくはない」
「よし。各自、今日の会議はこれまでとする。盆地山、彼女の配信を全てチェックし、プロファイルしろ。まだアーカイブは30くらいしかない。真田、来島、お前達も一応チェックだ。来週、また成果を報告する」
「はい!」

 全員同じ返事をして、タブレットを棚に戻した。

「やーれやれ。スパイねえ」
「皇国へのスパイ行為をするつもりなんでしょうか、それとも、表の日本を?」

 来島はおどおどしている。盆地山も頷いた。

「その辺の関わり全部含めて調査するつもりなんだろうね。……いやまあ、まだスパイと決まったわけじゃないけど」
「日本と皇国の関わりなんかほぼゼロですが……相互不可侵が決まりなので」
「そーだな。お、盆地山。今日は皇国の自宅に戻るか?」
「いえ。今日は日本の方に帰ります。件のセラフィマさんの配信も全て見ないといけないですし」
「そうか。じゃ、気をつけてな」

 盆地山はエレベーターに乗り、地上を押す。国会議事堂を出ると、コンビニで適当につまみと酒を買い、風呂に入ってからそれを開けつつ、セラフィマの初配信を見る。

 視聴数385万。新人の初配信でこれは驚異的だ。登録者数も現在120万人。
 一年足らずでこれは、超人気Vtuberだ。初配信がTwitterでトレンド入りしていたのは知っていたが。
 殺風景な部屋の背景とアバターが現れる。
 白金色のロングヘアーに緑の瞳、かっちりとした赤と黒の軍服に、軍帽を被っている。胸がはちきれそうに大きい。胸から上しか表示されないアバターならではの特徴だ。

「……あわ、は、はじめまして、諸君! わ、わ、私は、新人Vtuber、セラフィマ・タチバナです……だ! フゥ〜! よろしく〜!!」

 Live2Dのアバターも、笑顔のままわちゃわちゃとうごいている。少しおかしなテンションだ。初配信はこうなりがちではある。

「いや、あの、ちがう、えっと、あ、そうそう! まずは自己紹介。私は、セラフィマ・タチバナ。レッドサン帝国スパイ科。諸君、初めまして。よろしくお願いします。最初にやることと言えば……そう。ファンネームの決定だな。諸君、なにかいいアイデアを」

 チャット欄はわいわいとにぎわっている。流れはかなり早い。おそらく同接20000人はいっているだろう。

「【セラ友】……いいな、かわいい。……【情報源】! ぷっ、あはは。スパイだから? リスナーを情報源呼ばわりは可哀想だろ!」

 彼女は中々の笑い上戸だ。声はふわふわとしたアルトの声で可愛らしい。

「先輩Vの皆さんどんな基準でファンネーム決めているのかな? 好きな食べ物? とんこつラーメン! ……えっ? 【じゃあ豚でいいんじゃない】? そう? じゃあ豚でいいか。諸君! 諸君らは今日から豚だ! ……嘘、嘘! あははっ」

 ファンネームを決めるという流れで、プロフィールを紹介していく。よく見る流れだ。

(声と、ちょっと外国語訛りしたところが独特で可愛い……けど、トークは普通だな)

「【同志】……あんまり好きな言葉じゃないな。【セラフィマブダチ】……ぶっ! くくくっ」

 セラフィマは笑いが止まらなくなっている。

「いい! それにしよう 我がファンネームは「#セラフィマブダチ」。【ダサい】? だがそれがいい。私は日本語の、マブダチという言葉が好きだ。諸君らとマブダチになりたい。【でも俺らは情報源なんでしょ?】それはそう。はは」

 #セラフィマブダチ。このおかしなタグ、確かSNSでトレンド入りしていた気がする。

「ファンアートタグは#セラフィアート、配信タグは#セラフィマ作戦中。うん、シンプルでいい。さてさっそくプロフについて質問等があれば受け付けるぞ。……【レッドサンってどこ?】 北。【何カップ?】 セクハラだぞ、貴様。シベリア送りだ! ……Iカップだ! 【誕生日は?】 12月24日。クリスマスイブだ。覚えやすいだろう?【彼氏はいるの?】いないしいらない。【どこのラーメンが好き?】一蘭!」

 緊張も落ち着いてきたのか、テンポよく答えて言っている。

「【銃撃ったことある?】もちろん。オートマの装填確認チャンバーチェックを片手でできるのが特技だ。【日本に住んでるの?】時々レッドサンに帰るが、しばらくはこの国でスパイ活動をする。スパ活。【スパ活は草】【スパイするぞって堂々と言ってる人初めて見た】。そうだろうな。ははは」

 あけっぴろげにスパイだと公言している。

(うーん……他の配信も見てみよう)
 自己紹介を除く最初の配信がゲーム配信だ。ホラーものである。
 ホラーは配信者と相性がいい。リアクションしやすいし、悲鳴は聞けるし、なにより、人がびっくりしているところは、間違いなく面白いのだ。

「マブダチの諸君、おはよう。初配信はこのバイオという初見のゲーム……え、怖い? 知ってるとも。このセラフィマ、スパイである前に軍人! ゾンビごときにビビったりしない!」

 丁寧に前フリをし、結局ものすごく怖がるのだろうと期待されていたが、案の定、セラフィマはかなりのビビリだった。

「えっ、ここどうするの!? 諸君、ごめん、もう教えて……いやあああっ! ちょっと待って、やだ! えっ!?」

 盆地山もつい笑ってしまった。悲鳴が迫真すぎる。実際、このゲームはホラーの中でも相当怖い方だ。

「えっ、こんなに怖いの!? こんなに怖いゲーム皆やってるの!? どうかしてるんじゃないの君たち!? 怖い! いや! 開けられない! いるもん! 絶対いるもん!」

 駄々っ子になってしまった。

「開けるぞ! 開ける! ダイナミックエントリー! ……いない。なんだ……いやあああっ!」

 少し、特徴的な出来事があった。
 彼女はゲーム上のハンドガンをリロードした後、必ず一発少なく計算するのだ。

「12発だから、11発撃てる……。【は?】【12発だよ?】あ、まあそうか。ゲームだし」
 
 変にリアルだ。
 人によるが、替えのマガジンにパンパンに弾丸を入れるより、一発少なく装弾することがある。マガジンの中のスプリングが、全発入れると縮みすぎるのだ。そのまま長く置いておくと、弾を押し上げる力が悪くなり、装弾不良を起こしやすくなる。なので、あえて一発抜いて準備しておく人もいる。
 今彼女は、ゲームに登場する銃を観察していた。

「マカロフPMか? 名前を伏せてあるが……私が使用していたものはダブルアクションのもので、引き金を引いた時の感触がなかなか馴染まなかった。お、こっちはコルトガバメントだ。見ればすぐ分かる。私はこっちの方が好きだ。かっこいいから。【女性にガバメントなんか扱えるか?】ふっふっふ。私は身長180センチ以上あるのだ。いずれ3Dになったらお見せしよう……ぎゃっ!! 攻撃された! 2時の方向!」

 わーきゃー騒ぎながらも、セラフィマは順調に攻略していった。

「しかし、あれだな。相手は化け物だが、銃で蹂躙できるのは助かるな。銃で、じゅうりん」

【は?】【なんて?】【涼しくなったね】とコメントが並ぶ。

「【シベリアより冷えたね】? うるちゃい!」

 くすくす笑いながら、セラフィマはゲームを進めている。コメント欄と積極的にやりとりしながら進めるタイプのようだ。
 あまりに絡みすぎると冷めるリスナーもいるので、バランス感覚が必要だが、人気が出るタイプではある。
 結局初配信のゲームは、二時間かそこらで配信を終えた。

(僕のことを言っていたというのはどの配信だ……?)

 ライブ配信アーカイブをスクロールしてみる。雑談配信はほとんどなく、企画やゲーム配信が多かった。セラフィマと盆地山、の名前で検索すると、切り抜き動画が見つかった。

「セラフィマがコラボ希望したVtuber5選!」
「泥棒・シミュレーターのプレイ回……」

 そのまんま泥棒のシミュレーションができるゲームだ。これは後で見るとして、盆地山に言及しているシーンの切り抜きを見た。

「……そう、訓練は大変だった。【スパイの訓練ってどんなの?】 軍隊の訓練がまず第一にあって、その上でいろんなことを学ぶ。心理学に、テーブルマナー、交渉術、尾行術……こんな風に鍵開けの訓練もあった。【訓練時代の話もっと聞きたい】? うーん、あまり思い出したくないことも多い。荷物箱をひっくり返されたり、殴られたり……うん? 訓練時代の話、聞きたいというマブダチら結構多いようだな……じゃあちょっと考えてみるか。普段はハト禁止だが、他に軍隊経験というか、ミリタリに詳しいVの人いるかな?」

 コメントは【知らない】【結城リゼがお父さん自衛官つってた】と並んで、【盆地山くんが情報将校だよ】と、自分の名前がいくつも並んでいるのを見た。

「【ボンくんも訓練時代のこと愚痴ってたな】? ボンくん?【デジライブの男性Vだよ】申し訳ないが知らないな、【彼も軍隊経験ありっぽい】ほう……【情報将校だよ】情報、将校……?」

 盆地山に緊張が走った。

「情報将校ってなに? ……【草】【おい】【スパイ設定は?】いや、ミスではないぞ、 情報将校という日本語の意味が分からなかっただけだ! あっ!」

 ゲーム画面では、主人公の泥棒が警察につかまっている。 

「ああ、ゲームオーバー……そうだな、自分の事ばかり話すのも楽しくないし、同じくミリタリ系の人と対談しながらの企画をしてみたいな。諸君はどうだ?【男性Vと絡まないでほしい】? ふふっ。やきもち焼きだな諸君らは……【ボンくんの方が緊張するんじゃね? DTだし】DTってなに? ……こらッ! 失礼だろ!」

 盆地山は頬の筋肉がひくひくしたが、黙ってなりゆきを見つめた。

「一度他の箱の方と交流してみたかったし、ちょっと考えてみる。さて……再開」

 切り抜きはここまでだった。一応、他の人へのコラボ希望の切り抜きも見たが、全てこんな風に、考えてみるか、という社交辞令風で終わっていた。

(僕の方からコラボ呼びかけは難しいな)

 男性Vから女性Vへのコラボ申し込みは中々難しい。あっちが登録者数がはるかに上ならなおさらだ。肘をついて悩んでいると、マネージャーからDESCO、通話ミーティングアプリに連絡が来た。

「はい?」
「あ、ボンく~ん! チャオ! 業務連絡で~す」

 デジライブの男性部門マネージャー、土方さんだ。いつ通話をかけても、こんなテンションで喋る。

「はーい。どうしたんですか? 通話で」
「いや~、コラボ依頼があってね。いい話だから、すぐ君に伝えなきゃ~って思って! セラフィマ・タチバナさん。知ってる? トリカラの新人V」
「ああ、はい。知ってますよ」

 タイムリーだ。盆地山は少し緊張した。

「それがさ、君がミリタリ系? に強いって聞いて、それについて対談するみたいな、そういった企画をしたいって来ててさ。彼女、スパイだっけ? 設定ずいぶん作りこんでるよね~」
「はあ……大丈夫ですよ、僕は。あちらのほうが登録者数も上ですし」
「そうだよね~! 断る理由なんかないよね! でも大丈夫? ボンくんは、ボロ出さない? あっち、かーなーりミリタリーに詳しいみたいだよ?」
「あ……あはは。分からないとこは誤魔化しますよ。大丈夫大丈夫」

 盆地山が、本当に「皇国」の情報将校であるということは、事務所デジライブの社長しか知らない。スタッフらには、ただの軍事オタクである、ということにしてある。

「そっか~! じゃ、さっそくだけどね、彼女がちょっと挨拶したいって! いい?」
「へ!? あの」

 サーバーに、「セラフィマ・タチバナ」の名前が映る。

「……初めましてー。盆地山様ですか」

 ついさっきまで聞いていた、セラフィマ本人の声だ。盆地山は少し身震いした。

「あー、はい。初めまして〜」
「初めまして。こ、こんぼんち〜……」

 恥ずかしそうな声で、セラフィマは盆地山の開始の挨拶を口にした。配信の時よりも、声がかなり低い気がする。地声はこんなものなのだろう。

「はは、こんぼんち〜……ありがとうございます。僕の配信見てくださってるんですね」
「はい! 盆地山さんは……その、『皇国』の、『情報将校』だとか」

 あえてなのか、彼女はその二言を強調して言っている気がした。

「ええ。そういう設定でやらせてもらってます〜。前に言ってたっていう、ミリタリー系の企画したいって件ですか」
「あ、そうそう! そうなんです。よろしいでしょうか? かなりアドリブでお話していただくことになりそうなんですが……」
「大丈夫ですよ〜。動画ですか、配信ですか?」
「配信を予定してます! 企画書はまたマネージャー経由でお渡ししますので、よろしくお願いします」

 お互いぎこちない初通話を終え、盆地山はため息をついた。すかさず土方から連絡が来る。

「ボンくんもいいかげん女性に慣れてね〜!! 今年はデジライブは男女コラボも積極的にやって、トリカラみたいに大人数で盛り上げてくつもりだからさ! じゃあねー、アディオス!」
 土方さんはいつも通りのうるささのまま、返事も待たずに通話を切った。

 翌日、盆地山はさっそく皇国情報部に向かい、昨日の顛末を告げる。

「──ということで、あちらからコラボの要請が来ました」
「スパイ設定に、銃の取り扱いに特徴、ねぇ。うーん」

 真田が報告書を見ながら唸っている。

「現状、彼女が喋っているのはネットで調べれば分かるような情報ばかりではあります。マガジンの件や、訓練の話なども。キャラを作りこんでいる一般人、という可能性は否定できません」

 盆地山の報告に、甲斐田も頷いた。

「うむ……私も彼女の配信をいくつか見てみたが、設定を忠実に守っているオタク女性、と言われればそうだな、という感じだ。確証はない」
「あ、あちらもスパイというのが真実なら、嘘をつくなど得意中の得意なのではないでしょうか」

 来島がいつも通り震えながらいう。皆頷いた。

「正直、マジでスパイだった場合俺らでは判別できねーな……盆地山に期待か」
「うむ……盆地山、お前が情報将校になるに当たって、特に専門としているのはなんだ」

 盆地山は首の詰襟をいじりながら、少し間を置いた。

「──スパイ破りです」
「そうだ。お前はスパイを摘発するスペシャリストとして訓練を受けたはずだ。ちょうどいい、彼女が本当にスパイなのか、ただの一般人なのか、見極めろ」
「はい」
「本当に表日本をスパイしてるんだったらエラいことだぜ。表世界を巻き込んだ戦争を画策しててもおかしくない」
「うむ。危険は未然に防がねばならない。そこで……盆地山」

 甲斐田が懐から拳銃を取り出し、会議室の机を滑らせた。

「もしも、彼女が真にレッドサンのスパイなら……拘束してここまで連れてくるか、あるいは、消せ」

 全員が息を飲む声がした。盆地山は感情を表に出さないまま、セラフィマが言っていたように片手で装填確認チャンバーチェックをしてみようとして、失敗した。

「言っておくが、こちらも本当に皇国の情報将校だとバレたら命の危険がある。実際、レッドサン国内で、我が国のスパイが拷問されて殺されているからな」
「い、一般人だったら、いいですね。殺したりなんて……」

 来島はしきりに揉み手をしていた。

「彼女に接触し……正体を探ります」
「うむ」
「へっ……おかしな話だ。普通はVtuberの設定が虚偽だってバレちゃあいけないのに、お互い設定が真実だとバレたらいけないなんてな」

 盆地山のスマホに通知が来た。セラフィマからだ。
 コラボ配信予定日は一ヶ月後。
 情報将校盆地山と、スパイを名乗るセラフィマの、ひときわおかしな情報戦が始まった。

──

第2話

第3話


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