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本のある空間と欲張りな私

大きな本屋、コンセプトのあるブックカフェ、小さな古書店、図書館。本のある空間が好きで、逆に本があるところならどこにだって立ち寄りたくなる。

いま話題のことを視覚的に知れる。本を選んだ店員の思考や嗜好の断片を覗ける。本を通じてタイムスリップできる。一回読みたかった本を手にできる。本が存在するという面は共通するが、それぞれの空間に特有の良さがある。

自由が丘駅前に昔からある(らしい)
専門書をちょっと砕いた内容の本が充実

本のある空間で唯一困ること。それは自分の中に残しておきたい感覚や情報が必ずしも残らないことだ。

あとから大事になってきそうだったり、引っ掛かったりしたエッセンスに出会うほど、それは手のひらからこぼれ落ちてしまう。

最終的に自分のもとに迎え入れられる本は限られていて、だからこそ、その場での出会いを大切にしたいのに。

一時期はこぼれ落ちていくのが惜しくて、少しでも気になった本はお迎えするようにしていた。でも、こぼれ落ちることには変わりなかった。

小学生からの愛読書「都会のトム&ソーヤ」

自分のキャパを超えて何もかも詰め込もうとするから焦るんだろうなと考えを巡らす。いくら気になったとしてもそのときの自分の経験値に見合わないものは取り込めないし、本当に気になるなら自分の中に残せるそのときを待てばいい。

そう分かっていても、何でも自分のものにしたがる欲張りな私は何かと登場する。欲張りな自分との付き合い方が分かりこのnoteを見返したとき、何を思うんだろうか。


20220718 Written by NARUKURU


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