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上毛かるた道中双六 お

【お】太田金山 子育呑龍

太田の呑龍様には小さい頃、母方の祖父に連れて行ってもらった記憶がある。
ドンリュウという少しポップな響きと、子育てという福徳からか、こどもの頃は親しみを感じていた。無論、お参りの帰り、じいちゃんにおもちゃでも買ってもらった、というのもある。

呑龍様こと義重山大光院新田寺は慶長18年(1611年)、徳川家康公により一族繁栄と始祖新田義重の追善供養のため建立されたという。宗派は浄土宗。
そして、創建に際して招聘されたのが呑龍上人だった。
「子育て呑龍」は、まだ乱世の余韻の残る当時、貧しさから捨てられたこどもや間引きされそうになったこどもを引き取って、弟子にして養育したことに由来するのだという。
こどもができたら絶対にお参りに行かねばなるまい。

「金山」のほうは、太田のもう一つの名所、金山城址である。
戦国時代に築かれた山城で、戦国時代は由良氏や小田原北条氏が支配していたとのこと。
今では建物はなく石垣だけであるが、それでもなかなか壮観である。
「日本100名城」にもなっている。私も以前スタンプを集めていたので、訪れたことがあるだが、スタンプが置いてあるのが山頂近くの南曲輪なので結構な山登りをすることになった。

今年の大河ドラマは戦国時代で主人公が家康公なので、呑龍様や金山城址を訪れる人も増えただろうか。城址のほうは城好きでもないとなかなか行かないかもしれないが。

太田のご当地グルメは焼きそば。
まだあまり知られていないので、桐生のひもかわともどもがんばってもらいたいところだ。


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