読んだ本 2023年7月号 5冊

専門書を3冊、ビジネス書を1冊、読み物を1冊読んだ。


Joel on Software

★★★★☆
2004年に書かれた古典的な立場の書籍だが、本書の前半には現代においても変わらず重要な考え方が書かれていて、プレイヤーであってもマネージャーであっても参考になる。

ユーモアの一部なのだろうが基本的に語調が強く、特に著者が勢いにのって批判的な立場をとっている場合には、流されすぎずに冷静に読み進める必要がある。


本書は著者 Joel Spolsky のブログ記事をまとめたものであり、内容は多岐に渡る。以下のように5つのパートから構成されている。

Part01 Bits and Bytes: プログラミングのプラクティス
Part02 開発者のマネジメント
Part03 Being Joel: それほどランダムでもないトピックに関するランダムな考察
Part04 .NETについての少し行き過ぎた論評
Part05 付録

Part01は主にプレイヤー観点の内容が多く、文字コードについての経験談、機能仕様の重要性、スケジュールやバグ、環境によって求められているものの違い、プログラマの文化的な違い、などが書かれている。
このパートに書かれている内容は、プレイヤーとして視野を広げて物事を考えるためのサポートになり、現代においても推奨できる。

Part02はタイトルに反してマネジメント観点もあるがプレイヤーとしての観点も多い。面接について、報奨やプログラムをフルスクラッチで書き直すことの有害性、プログラマでない人間に開発途中のプロダクトをどう見せるか、などが書かれている。

Part03~Part05は参考になる箇所もあるものの全体のまとまりがなく、雑多な内容である。また、その時代に依存した記述も多く、昔話を読んでいるような気分になる箇所も多い。後半のパートは前半のパートに比べて即効性に欠ける。

古典として有名な本であり、複数の観点で視野を広げるという意味で読む価値はあるが、ブログをまとめたものでありとくに後半は雑多な内容なので読み進めるのに体力が要る。
7/10

空気のつくり方

★★★★☆
横浜DeNAベイスターズのブランディングや新規顧客獲得について、経営者の視点から持続性を担保した健全経営を目指すために行われたマーケティングの内容と考え方が書かれている。


本書は5つの章から構成されていて、内容は連続しているので素直にはじめから順序通りに読んでいくのがよい。

TOB、マーケット拡大の思考、競合分析、組織論、ブランドとストーリーなど、さまざまな観点について、赤字経営からどのように健全経営に向かったかが詳しく説明されている。
全体を通して噛み砕いた言葉で書かれていることもあり、マーケティングや野球について詳しくなくても難なく読むことができる。

一方で、日常的に野球観戦や特定の野球チームを応援しているような人にとっては「最近の横浜DeNAベイスターズは変わってきた」という感覚があるのかもしれないが、私のように普段全く野球に触れていない人にとってはイメージが湧きづらい箇所がある。

絵が浮かばない箇所については検索しながら読み進めたものの、要所要所に写真や図があるとありがたいと感じた。また、他の球団との差異について書かれておらず、野球という市場全体で見た時の情勢や立ち位置は分からないので、併せて調べる必要があると感じた。

前向きな話がほとんどであるが、AIやテキストマイニングといった、言うなれば統計的手法に基づいた個人単位の動きが可視化されない手法については批判的な立場が取られていた。

あとがきで触れられている、古典である『空気の研究』も読みたい。
7/17

「空気」の研究

★★★★★
「現場の空気」といった表現に見られる「空気」、「水を差す」といった表現に見られる「水」に注目し、「空気」の拘束に対して「自由」であるとはどのような位置にあるのかを考えるための前提として、「空気」の実態をつかむための研究が著者の実体験や歴史から行われている。

文章は決して易しくはない。触れられている歴史的な出来事も第二次世界大戦付近のものであり、例を挙げると野中郁次郎の作品に方向性が似ている。


本書は大きく以下の3つの部分に分かれている。

・「空気」の研究
・「水=通常性」の研究
・日本的根本主義について

「空気」の研究では、公害も問題などを例に挙げて、空気とは感情移入を前提とした臨在感的な把握(背後に何かがあると感じること)であるとして、対象を絶対化することで人間が逆にその対象に支配されてしまい、対象を解決する自由を失ってしまうのだとしている。

「言必信、行必果」(これすなわち小人なり)をとりあげ、これを見事な日本人論として、以下のように書く。

> 大人とはおそらく、対象を相対的に把握することによって、大局をつかんでこうはならない人間のことであり、ものごとの解決は、対象の相対化によって、対象から自己を自由にすることだと、知っている人間のことであろう。

続く「水=通常性」の研究では、空気の支配に抵抗するための知恵である「水を差す」という方法について言及する。水とは、

> 最も具体的な目前の障害を意味し、それを口にすることによって、即座に人々を現実に引き戻すことを意味している

として、「水」の連続、一種の「雨」が現実であり、これが自己の「通常性」であるとしている。この水を指す自由を確保することが「自由」であり、空気の拘束から逃れるのに必要なものであるとしている。

あとがきにある記述が本書のテーマをよく表している。

> 何かを追究するといった根気のいる持続的・分析的な作業は、空気の醸成で推進・持続・完成できず、空気に支配されず、それから独立し得てはじめて可能なはずである。...再把握すること。それだけが、それからの脱却の道である。人は、何かを把握したとき、今まで自己を拘束していたものを自分で拘束し得て、すでに別の位置へと一歩進んでいるのである。
7/17

BUILD 真に価値あるものをつくる型破りなガイドブック

★★★★☆
本書の著者であるトニー・ファデルは iPod の開発責任者であり、技術者である。トニー・ファデルの視点から、価値のあるものをつくるために必要なものはなにかが書かれている。

トニー・ファデルの技術力であったり、本書で大事だと書かれていることの実践自体が相当な能力なのでガイドブックになるかどうかは人を選ぶのだろうが、それでも本書の考え方は参考になる。


本書は6部構成になっている。第五部までは「〇〇をつくる」という形式でまとめられていて、トニー・ファデルの経験が順に追って書かれている。

第一部 「自分」をつくる
第二部 キャリアをつくる
第三部 プロダクトをつくる
第四部 会社をつくる
第五部 チームをつくる
第六部 CEOの心得

本書には iPod の開発、トニー・ファデルが起業した Nest でのサーモスタットの開発、それらのプロダクト開発に対する考え方が書かれている。

本書の前半から後半まで共通して書かれていることがある。「何を」ではなく「なぜ」こそが製品開発の一番重要な部分であること。製品のみを考えるのではなく、広告からカスタマーサービスまでを含めて顧客の体験を考えること。そもそも問題があることに気づき、問題を深掘りしてデザインすること。

全体を通して抽象度が高いので、組織論なども書かれてはいるが一般論ではあるし参考にしづらい。それでもプロダクトについての記述は啓発的でもあるし、とくにデザイン思考に対する姿勢は参考にする価値があると感じた。
7/25

ちいさくはじめるデザインシステム

★★★★★
デザインシステムがただの UI コンポーネントの集まりではないことが理解できる。デザインシステムがどういうコンテンツで構成されているのかがまとめられていて、組織でデザインシステムをはじめるためにどこから手をつければよいか、運用や浸透をするためにはどうしたらいいかが丁寧に説明されている。


本書は SmartHR のデザインシステムについて、その全体像、立ち上げから運用までなどについて書かれている。

SmartHR のデザインシステムはウェブで公開されている(https://smarthr.design)が、ひとつのデザインシステムを見ただけでは、デザインシステムをどのようにつくればいいかを考えることは難しい。本書で紹介されている他社の事例なども併せて見ていくことでデザインシステムをつくるにはどのような言語化が必要なのかが掴めるようになる。

本書では、デザインシステム運用でぶつかりがちな2つの壁として「どこから着手するか」と「どうやって組織に浸透させるか」を挙げている。それぞれの壁に対して、ちいさくはじめるための3つのステップが紹介されている。
「WIPの精神」など、デザインシステムを運用していくための考え方を組織に定着させる話は参考になる。

SmartHR のデザインシステムの内容についても詳しく説明されていて、アイコンの作り方の説明や色の決め方、イラストレーションなどそれぞれの要素の説明からはウェブの公開資料の背景も分かりおもしろい。

デザイントークンの2種類の定義、プリミティブトークンとセマンティクストークンなどもシンプルな考え方ではあるが、知らないのと知っているのとでは情報のまとめ方がまったく変わってくるだろう。文章の書き方についての取り決めも参考になる。

本書の終盤ではデザインシステムを持ついくつかの企業・組織に対する21の質問の回答が掲載されている。デザインシステムをはじめたきっかけから運用、今後についても書かれていて興味深い。各社のデザインシステムも参考になり、ありがたい。
7/25

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?