美味しく餃子を食べるために、我々はタッチパネルを使うべきだ
私は餃子が好きだ。人類は我々から森を奪い、安全な飲み水を奪い、生きることを阻んだけれど、餃子を発明したことだけは賞賛に値する。
餃子は完全食だと思う。何せ、皮は炭水化物、具は野菜と肉、味付けにミネラル。酢醤油の代わりにポン酢をつければ、ビタミンCだって摂れてしまう。中学校の家庭科で習う5大栄養素がコンプリートされているわけだ。これを完全食と言わず何と言う。
人類が新型コロナとか言う病気との戦いを始めてどれくらいの時が経っただろう。大陸のオオカミたちがどうしているかは知らないが、私は人間社会に紛れて毎日マスクをつけて過ごしている。これで顔を隠していれば道を歩くときに「オオカミだ!」とか「どうしてこんなところに!」などと言われないので、結構私は重宝している。
マスクをつける生活様式は、オオカミである私が人間社会に溶け込むために重要な役割を果たしてくれた。それだけではない。マスクがあるから、私は昼間でも餃子を食べられるようになった。
人間社会におけるオオカミの収入は大きなものではない。高級なお店など上司との付き合い以外で行ったことがないが、人間の食事は払ったお金と味が必ずしも比例するわけではないことを私は知っている。
人間は努力家だ。少しのお金で美味しいものが食べられるよう、食べ物を作る会社の人は試行錯誤を繰り返している。だからオオカミである私も、美味しい餃子が食べられる。仕事の昼休憩に、職場近くのチェーン店の餃子定食を食べるのが、私の日々の楽しみの一つだ。
そのお店では、注文を自分の席の四角い板で行う。タッチパネルというらしい。外に出る時は念の為人間の姿をとっているので人語を発音できる状態にある私だが、話すのは得意ではないので、店員と会話せず餃子を注文できるこのシステムはありがたい。
私がよく行く時分、その店の客対応に割かれる人員は2人だ。何十人もいる客の世話を、2人きりでこなしている。来店客を案内し、料理を運び、会計をする。店員は忙しなく動いている。
人間のお金で買うものの価格設定は、それを作るのにかかるお金をもとに算出されている。それは餃子の皮代、肉代、野菜代だけではない。材料をもとに餃子定食を完成させる人の給料も、価格に含まれる。
この店ではタッチパネルが数人の店員の代わりをしているのだろう。彼らは機械であり、餃子を食べないし家にも帰らないから、給料をもらう必要がない。その分、餃子定食を作るまでにかかるお金が少なく済むから、あまりお金を持っていないオオカミの私でも餃子にありつける、というシステムだ。
私がその店で餃子を食べ、午後の仕事に向けて英気を養っている時、私が座るカウンター席の並びに、よく老いた人間が現れる。日によって異なる個体だが、彼らは椅子に座るや否や店員を呼びつけ、「中華そば大盛りひとつ」と口頭で注文する。店員はその内容を老いた人間の席のタッチパネルに入力し、足早に元の作業に戻っていく。
森で暮らしていた人間が、街にやってきて始めて利用するのがこの店なのだろうか。一見何の変哲もないこの店は、実は森と街の橋渡しのような役目を果たしていて、だから彼らはタッチパネルを知らないのかもしれない。私も森を追われて街へ降り、人間の中で暮らし始めたときには多くの戸惑いがあった。彼らもそうなのだろうか。
そんな疑問が湧きあがったが、店員は彼らに「いつもありがとうございます」「今日は大盛り大丈夫ですか?」と声をかけている。初対面ではないらしい。では、なぜ、彼らはタッチパネルを使わないのだろう。私の餃子だけでなく、中華そばだって、無給で働くタッチパネルがあるからこそ少ないお金で食べられるのだろうに。
自分は”常連”だからとサービスを受けることに胡座をかいているのだろうか。それとも、タッチパネルの使い方がわからないのだろうか。わからないなら教えて貰えばいい。人はいつまでも学べる生き物だ。使う限り衰えを知らないその脳を生かして、使えるようになればいいのに。
彼らがどうしてタッチパネルを使わないのか、本当のところはわからない。もしかしたらタッチパネルを使うと死んでしまうのかもしれない。もしもそうなら無理して使わなくていいと思うが、そうでないなら、使って欲しい。
人間社会は複雑怪奇だ。「人手が足りない」と言いながら職を得られない人がたくさんいて、「機械化したら人が働く場がなくなる」と言いながら働き手がいなくて困っている仕事場がある。きっと色々なものが絡み合っていて、山で狩りをして今日の食べ物を得て、洞窟を見つけて今日の雨風を凌げればそれでいい私たちオオカミの生活とは少し違うのだと思う。
しかし、一つだけ言えることがある。
タッチパネルを使わない人がたくさん登場して、その度に店員が呼び止められるようになると、お店は店員を今より多く雇わなくてはならなくなる。そうすると、餃子定食を一つ作るのにかかるお金の量が増える。そして餃子定食の値上げがされ、オオカミの私では手が出せなくなり、私は餃子を食べられなくなってしまう。
山を追われ、森を奪われ、ここで人間に紛れてひっそりと暮らさなければならなくなった私たちのために、どうかみんな、タッチパネルを使って欲しい。私は餃子が大好きだから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?