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最悪の時期に学んだ最高の生き方【パニック障害克服記】〈中編〉


そんな生活を1ヶ月半程続けていたが、そこで一つ問題が出てきていた。

それは【生活費】だ。

詳しい事象は割愛するが、精神疾患のような病気の時におりる保険が適用されなかった。

このままずっと仕事を休んでいると貯金を切り崩していかなくてはいけない。
まだ何ヶ月か暮らせる余裕はあったけど、どこかで区切りをつけなければいけない。

何より家で引き篭もっていても治らない気がした。

ここがすごく難しいところで、ある程度の休養やストレスから離れるという状況は絶対に必要なのだが、完全に社会から孤立するという状態もまたダメなのだ。

人間は社会性のある生き物で人と関わっていかなくてはいけない。

母親からは帰ってきなさいとは言ってもらっているが、両親はすでに離婚していて地元ではない所でバラバラに暮らしている。

なので帰ると言っても母親の暮らしている場所のすぐ近くで暮らしている姉の家で面倒を見てもらうという選択肢だった。

正直な気持ちは全てが不安だったので姉の家でしばらく面倒みてもらおうかと考えた。 

でも地元でもないその場所で周りに友達もいなく、仕事もしてない。
その状況で自分の病状が良くなっていく未来が想像出来なかった。

だから職場に復帰する程で環境から整えようと考えた。

僕の職業は美容師だ。

まずは、スタッフ数も少なく少し落ち着いた雰囲気の店舗に異動させてもらい、予約数もセーブしながら働くという提案をオーナーにしてみた。

時はコロナ禍真っ只中。
営業時間はコロナの影響で短縮されていたので、短い時間で客数も絞りさらに知り合いなどをカットだけなどの短いメニューから始めて行くという店としては何の得もない提案を飲んでくれた。

この頃は各駅停車にも乗れない状態だったので通勤の為に自転車も購入した。

家からお店までは片道30分。いい運動だと言い聞かせた。

とは言ったものの、、

やっぱり怖い、、

もし仕事中にパニックになってしまったらどうしよう?
他のスタッフに迷惑をかけるんじゃないか?
もしまた仕事中に症状がでてしまったらもう二度と美容師を出来なくなるんじゃないか?

僕は中学生から美容師になると決めていた。
他の仕事をするという選択肢は考えた事はなく、この先も美容師で生涯を終えると思っていた。

まだパニックの症状が治っていないのに復帰してまた発作を起こしてしまったら、その記憶が残り美容師を継続していけなくなるのでは、、という最悪の展開ばかりが頭を過ぎる。

でも、なにか一歩でも前に進まなきゃいけない気がしていた。

【無理しないで無理をする】

この矛盾する言葉は僕の中でパニック障害克服の一つのキーワードだった。

何もしなければ何も変わらない。

怖いと思う事があってもやれそうだと感じるものがあればやってみる。
そこでやれたという成功体験を積み重ねる事で領域を展開していく。

僕は何かを始める前に自分自身に質問していた。「出来そうか?」と。

そこで自分の答えが60%以上ならやってみる。
それ以下ならやらない。

あまりに無謀な事を取り組むとその失敗が頭に残りまた行動が縮小していく。

だからそこの見極めを慎重に観察しながら物事を進めていった。

僕は運が良かったと思うことがある。

それは本が読めたことと、この時代だ。

今は本当に色んな情報に触れられる。
本屋に行けばパニック障害関連の本は沢山売られているし、X(Twitter)などにも有益な情報を発信されている方が沢山いた。

それらの情報を自分の状況と照らし合わせ、仮説を立てて検証していく作業を繰り返していた。

それでも頭では分かっているけど、心がついてこないという状況はしばしば訪れる。
何もないのに何も起きない事は分かっているのに不安で仕方ない。

仕事を再開し、朝職場に向かう時も家から離れれば離れる程不安で不安でしょうがなかった。

信号で立ち止まるとふと「やっぱり帰ろうかな」と弱気になる。

でもそこでまた自分に質問する「出来そうか?」と。

大丈夫いける。行こう。そしてまた自転車で走りだす。

自分というものの制御が効かず、いつ暴走するか分からない自分を自分で説得するという読んでいる人にはよく分からないであろう、脳内会議が常に行われていた。

ここからの2年間は毎日が格闘だった。

不安という大きな壁を、治るという不確定なロープで登っていた。

登れる日もあれば登れない日もある、下に降る日もある。

調子が良くなってきたと思ったら接客中にいきなり軽いパニックが起こり振り出しに戻ることもよくあった。

その度に治らないんじゃないか?と絶望的な気分になりながらも毎日の治ると信じたルーティンをこなした。

毎朝散歩かランニングに出かけて朝日を浴び、朝ごはんを作り仕事に出かける。パニック症にいいとされるサプリを飲み、お客さんのいない時間はバックルームで情報収集し、タバコも辞めて休みの日は出来るだけ行ける範囲で出かける。

栄養療法、認知行動療法、瞑想、運動、やれる事は全てやった。

これに関してはプロセスではなく結果が全て。

とにかく治ればそれでいい。

そして、仕事の幅も徐々に広げていった。
メニューを増やし、枠数をひろげ、既存客のみから新規にも入客していった。

正直、毎日ほんとに辛かった。

本音を言えばやらなくていいならやりたくない。

いつまでやらなきゃいけないだ?治らないなら一生この状態で仕事するのか?なんでこんな事してるんだろう?
もう辞めてバイトでも探すか?



でも他に何ができるんだ?

この状態が良くならなければ大半の仕事は出来ない。
在宅でやる仕事もあるけどそれでは治らない。

僕はパニックを避ける為に生きているんじゃなくて、楽しく生きる為に生きている。
ならここをクリアしなければ次のステージには行けないんじゃないか?

だから毎日聞いていた。

「出来そうか?」

出来る。じゃあやろう。

余計な事は一切せず、淡々と毎日をこなしていた。

合言葉は「力まず、避けず、妄想せず」

力を抜き、目の前の課題から逃げず、悪い想像をしない。

そんな毎日を送っている中、転機が訪れる。

後半に続く、




















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