驟雨

全部フィクションです

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最近の記事

入浴について(風呂キャンセル考)

風呂キャンセル界隈、という言葉が話題になった。 (本件は比較的わかりやすくはあるものの)インターネットの言葉の出所は不確かなので、新しい言葉は定義づけされることなくふわふわと運用されていく。誤用された「蛙化現象」が良い例だ。ここではまず語の定義から考えていきたい。 「風呂キャンセル界隈」ということで、文字通り読めば風呂に入らない人々のことを指すのはわかるが、「キャンセル」という言い方が特徴的である。このフックが話題性を担保しているように思われる。キャンセルというのは、既にあ

    • 夢を見る方法

      生まれつき夢を見る人と、見ない人がいる。普段から夢を見ない人にとって、夢を見ようとすることは容易ではない。 基本的に人間は夢を見ることが平常な状態として扱われる。ここでは将来の夢も夜に見る夢も同じ話だからあえて区別する必要はないのだが、とにかく我々は事ある毎に夢の内容を問われる。これが夢を見ない人間にとっては厳しいのだ。 まず夢を見るために、夢の原理を確認しよう。寝ているときに見る夢は脳が記憶の整理をしているときの副産物とかどうとかいうから、出てくる内容は記憶が基になってい

      • 嘘のつき方

        嘘、ついたことがありますか。本稿は一度もない人こそ読んだほうがいいかもしれません。 人間には時に嘘をつかなくてはいけない時があります。貰ったお菓子が美味しくなかったから捨ててしまったときとか、上司が生え際を気にしているのを見かけてしまったときとか、家族が余命宣告を受けたときとか。 うまく嘘をつくためのコツは、ずばり「なるべく嘘をつかない」ことです。勿論普段から嘘をつきまくらないこと、という意味もあるが、それ以上に嘘の中に含まれる本当の成分の割合をなるべく高くするということで

        • 【必読】全員から好かれるために

          みんなに好かれたいと思っている皆さん、こんばんは。今夜は誰も傷つけずただみんなに好かれるための秘密の方法を教えたいところですが、そんなものあるわけはないので一緒に考えてみたいと思います。 まず、好きの反対は無関心とはよく言ったものですが、好かれるためには興味を持ってもらう必要があります。 新学期、あなたは誰も知り合いのいない1年3組の教室に一人で座っています。向こうから話しかけてくれる人もいるでしょう。こういうとき、大体後ろか前の人が話してくれますね。ひとまず一人からの興

        入浴について(風呂キャンセル考)

          催眠と不眠

          こんな碌でもない走り書きを読んでいる皆さんもきっと同じだと思います。全国の不眠の皆さん、こんにちは。こんばんは。あるいはもうおはようございますかしら。 不眠は訓読すれば「眠らず」ですね。眠れないのであれば、不可眠なのでしょうか。そこまで細かくニュアンスは付加しない気もするけれど、ともあれ、夜に眠ろうと思っても眠れないことですね。 さて今夜も、というかもはや未明ですが、頭の回転が止まらないのに時間ばかりが余りあるので、不眠の対義語について考えてみました。 不眠の対義語は、順当に

          催眠と不眠

          やさしさについて

          何でこうやって「◯◯について」という芸のない題名でずっと書いているかと言うと、ここにおいては題名によって色をつけないことが望ましく思われるからです。きちんと読み進めないと、私が甲という話題について肯定的なのか否定的なのかがわかりません。これは結論を性急に求める現代社会へのアンチテーゼであり、私自身への戒めでもあり、読者諸賢への私なりのやさしさでもある。そういうことにしておこう。 優しさというのは簡単だけれども、実際にどれが優しさになるのかは難しいから困る。 甲が乙という状況

          やさしさについて

          鶏口牛後の是非について

          鶏口牛後という言葉がありますね。寧爲鶏口無爲牛後(寧ろ鶏口となるとも牛後となる勿れ)という蘇秦の言葉から来ています。大国の後ろに引っつくよりも、小国を牽引すべきだというわけです。 これが応用されて、たとえば難関校でビリの成績になるよりは一段低い学校のトップを狙うべきだとよく言われます。まあ、現実にはそんなことは凡そあり得ないと言うことだけ伝えておきたい。 まずね、ある程度の範囲内ならば、どんなところへ行ったって、基本的にトップもビリも一段違う人間がいます。あなたが行った先の学

          鶏口牛後の是非について

          選択しない自由について

          前回、考えることは疲れる、と書いた。 そりゃまあ、全国民がGUを着るのもまた自由(ジーユー)だよ。\ワッハッハ/ 最近の若者もとい老若男女がGUばかり着ているという。あくまで印象だが、これは当然オシャレ番長として名高く、近隣4中学校を制して恐れられたという偽りの記憶があるワタクシとしては看過できない問題だ。しかしこれは単純なファッションへの意識低下とかそういう話ではなくて、もっと人間の根幹部分にかかわる、重大な社会的問題への入口に思われてならないのだ。 そこで重要なのが、実は

          選択しない自由について

          浴衣について

          冬は浴衣の季節ではないと思う方が多いかもしれません。ふむ。でもいま私は浴衣を着ているから、この話をしましょう。ま、旅館にいるわけですね。 早速ですが浴衣は好きなところと嫌いなところがあるので、僭越ながらこの場を借りて発表していきたいと思います。どうぞよろしく。 さあいよいよ浴衣好き?嫌い?ランキングもいよいよ残すところあと2つになってまいりました。 気になる浴衣の好きなところ、第2位はッ………… 布が効率的に使われていて、端切れが少ないところ ですっ! そして嫌いなとこ

          浴衣について

          敬語について

          敬語。日本語にはなんと難しくややこしいシステムが存在するのでしょうか! これは随分面倒なことになりました。一つ考えてみましょう。 まず第一に、敬語は敬意を表す表現なのでしょうか? 私の答えとしてはノー。敬語は立場の差を表す表現ではないか。具体的にはこう。 (例)先生、生徒A、Bが放課後の教室で立ち話をしている場合。 先生「A君はプリントを直接私に渡してくれたかね? それともB君に渡したかい?」 ①A「お渡ししました」 ②A「渡したよね?」 前者は敬語を使ったのだから先生に

          敬語について

          文章について

          少し前まではてなブログを複数書いていたのだけど、疲れてやめてしまった。いちいち起承転結を整えて精緻な文章を書くのはなかなか手間がかかり、構想が思いつく深夜たとえば0時に書き出すと気がつくと3時を回っているという次第で、体にも悪かった。私は思うところがあって日記をつけることができないので(このことについても何れ書こうと思う)、ひとまず随筆の体でふらふらと書く所存である。 ところでこういう文章は何の為に書いているのか。ブログ、あるいはツイート。私はポスト(投稿)というほど仰々しい

          文章について