父子家庭が生理用ナプキンで大恥をかきそうだった話

四十代の父親と高校生の娘の父子家庭です。
 生理用ナプキンで父娘もろとも大恥をかきそうだった話
 
 
 
毎日バタバタしている。当然自分だけではない。世の中みんなそうなのだろう。でも何か被害者面をしながら、夕方の家路をすすむ。もっと要領よく生きられないのか、明らかに原因が自分にありそうな悩みも理由を外に探しにいって勝手にイライラしている。
 
仕事が十八時時に終わり急いで家に帰っても十九時をすぎる。もちろん残業をすることもあるため、ついつい晩御飯はスーパーや弁当屋で購入した弁当や丼ものになりがちである。
 
「定食みたいなご飯が好きやねんな」
 
 ある日、隣でテレビを見ている娘が呟いた。別に私に要求するような言葉でもなくとてもさりげなく。
それに対して私の中で一つスイッチが入った。娘の不調は食事も大きな原因になっているようにも思う。高校に入学した娘は一年ほどは真面目に学校に通いクラブ活動や勉強にも勤しんでいたのだが、突然に何か燃料でも切れたように何もやる気をみせなくなったのだった。心の問題なのか体の問題なのか環境の問題なのか。いろいろと悩んでしまう。
 
その日から作り置きのレシピなども勉強しながらなるべく手料理を作るようにしたのだった。
 
そんなこんなで二週間ほどたっただろうか。次の日の夜ご飯用におかずを購入しようと二十二時頃に近所の大型スーパーに行ってみた。そこで大幅に値下げされたお造り盛り合わせが目に入ったの。賞味期限は次の日の六月三日四時まで。明日の夕食には賞味期限がきれているが、まあ冷蔵庫に入れていれば問題はあるまい。七割引きされていたお造り盛り合わせ二つを購入したのだった。
 
次の日は翌日に控えた会議資料を作成する必要がありいつもよりも忙しかった。職場を出たのが十九時で家に着くのは二十時をすぎる。
「二十時すぎに家に着くわ」と娘にLINEをすると短く「わかった」とだけの返答があった。今までならば塾に行っていたため帰宅がこの時間になっても特に問題はなかったのだが、この数日前にあまり気が乗らないと娘は自分勝手なタイミングで塾を辞めていたのだった。大学に進学したいという夢は語りながらもちぐはぐな行動をする娘に内心いらいらが募っていながらも表情には出さずに自宅のドアを開けた
 
「ごめんごめん、遅くなった。お味噌汁作ってご飯にしよう」
 
帰ってきたままのスーツ姿のまま味噌汁をつくり、冷蔵保管していた白ご飯とサラダ、そしてお造り盛り合わせを冷蔵庫から取り出して机に並べた。
 
「それ、賞味期限がきれてるやん。ええわ」
 
私がいない間に冷蔵庫の中を確認していたのだろう。抑揚のなく感情を表に出さない声で娘はそう言い放った。仕事の疲れとたまった不満。私の中で色んな感情が心の奥から湧いてきてついつい怒り口調で娘に言った。
 
「じゃあもう食べんでええわ。何もせんとそんなことだけ言うねんな」
 
 そう言って、その足で娘の分のお造り盛り合わせをリビングのゴミ箱に投げ入れた。
 
「もうこれでも食べとけよ」と、引出しの奥から取り出したサバ缶の味噌煮を娘の前に置いたのだった。強がりなのか缶詰を開けることなく、娘は味噌汁と白ご飯だけでその日の夕食を終えた。
 
私は楽しみにしていたお造り盛り合わせを食べたものの残念ながらその味を楽しむことはできなかった。ついカッとなったとしても親として「何もせんとそんなことだけ言うねんな」という言葉はあまりにもひどい言葉だった。父親としても人間としても器が小さい。本当に。自分なりに精一杯やっているのに全て裏目にでているようで自分で自分が嫌いになるような夜だった。
 
「おはよう」
 
翌朝に元気めに娘に挨拶をしたが無視をされた。普段はあまり物事を次の日まで持ち込まないのが娘の良いところなのだが、今回については機嫌が戻っていないようだった。かと言って私から謝るのも何か違うと思い、こちらが非を認めるようなことはしなかった。
 
今、冷静になって文章を見返しても私の行動もなんとも大人げがないと感じる。ただ、この時の私はそんな風に冷静に自分を見つめることができなかったのだった。そんなこんなで父と娘の冷戦状態が数日続いたのだった。
 
五日後に仕事から帰ってきてトイレに行った際、そこに娘が怒りをぶつけた後が残っていた。三か月ほど前に閉店間際のドラッグストアにて大安売りをしていた生理用ナプキンを私が娘のために大量に購入してトイレの戸棚においていたのだが、それらのほとんどを地面にぶちまけていたのだった。トイレの地面は足の踏み場がないほどに生理用ナプキンでいっぱいになっていた。大抵は購入した際のビニール袋に入ったままであったが、いくつかはビニール袋から飛び出しておりなんとも下品な光景であった。生理用ナプキンのビニール袋はだいたいが明るい緑色や紫色だ。その明るさが余計に物悲しい。
 
「お前どういうつもりやねん」
娘を怒鳴りつけたい気持ちにも駆られたが、前回感情的になったことを自省していた私は何とか堪えて何も言わずに地面にぶちまけられた生理用ナプキンをビニール袋に入れ直して戸棚に戻した。
 
祖父母にも面倒をみてもらいながら小学校まで暮らしたが、五年ほど前に近くのマンションに引っ越して父娘二人で暮らしている。父娘二人の生活はうまくいっていたはずであった。コミュニケーションもしっかりとれていたのだが、思春期のためなのか、それとも私に気持ちの余裕がないためなのか、どんどん父娘の気持ちが離れていっているように思える。親離れ子離れをするために必要な状況なのか、このまま二度とお互いの気持ちをわかりあえなくなるのではないだろうか。不安と怒り。それにも分類できない感情も心の中でうごめく。どれだけ考えても冷静に見つめ直しても頭の悪い私には答えを導き出すことができない。
 
その日は結局一言も話をせずに就寝した。娘は自分の部屋から出てこなかったため、夕食用に買ってきたほっかほか亭の焼肉弁当を娘の部屋の前に置いておいた。
 次の日、仕事から帰ってくると娘が気だるそうに言ってきた。
 
「生理用品を買ってきて」
 
 は?あれだけいっぱいあったのを使おうとせずに新しいの買って来いって何様やねん。と腹もたったのだが、ここは堪えた。
 
「あ、そうなん。ええよ。どれが良いとかあるならLINEで送って」
 
つとめて冷静に娘に言った。
 
「ありがとう。じゃあ送るわ」
 
また無機質な返事が返ってきた。
最寄りのコンビニは歩いて薬局までは車で五分ほど。娘も自転車をとばせばすぐの距離である。自分で行けよということもできたが、このタイミングでは私が行くことに意味があるように感じた。自分の罪悪感をぬぐうためにも。
「ピコン」
スマホからLINEメッセージ着信をしらせる音が流れた。
中を覗いてみるとネットからとってきたのであろう写真が2つ送られてきていた。
 
ソフィ超熟睡、ソフィ超熟睡ショーツ
 
この2つを買ってきて欲しいということだ。この2つは私が以前買った中には含まれていなかった。使い心地や使い勝手などがわからないため本人の意見を聞いたほうが良いということだろうか。
 
薬局にてこの2つを購入。すぐにきれてしまわぬようにそれぞれ2セットずつを購入した。
家に帰って娘に渡すと、今度は先程よりは血の通った「ありがとう」が返ってきた。
 
翌日は私よりも早く娘が起きていた。
 
「おはよう!」
 
機嫌よく挨拶をしてくれる。昨日までとはだいぶ違う。何かわからぬがとてもほっとした。同時にとても嬉しかった。思春期で気分屋な娘に振り回されている。父娘の生活などこんなものだなとも思う。こんな些細なことで感動したりもする自分が愛おしいが情けなくもある。
 
思春期の娘の気持ちを全て理解できるような能力は自分にはない。だからこそ出来る限り寄り添ってやりたいとも思う。忙しさで感情的になることもある。でもなんとかうまくやっていきたい。心からそう願っている。
 
 
娘が新しいアルバイトをはじめた。そこの雰囲気があったのか最近は機嫌が良い。思春期だが父娘の会話も多いほうだと思う。娘は高校生。あと何年一緒に生活ができるのだろうか。高校を卒業して進学してもおそらく家から通うだろうとは思っている。そのとおりにいったとしても、あと六年ほどか。そこからどうなるかは想像さえつかない。だからこそ、だからこそ、父娘の今この瞬間を大切にしたいと思う。
 
以上がここ数日に起こった話だ。
 
 
 
物語は時間を切り取る。綺麗に話が終わったので、映画やドラマならばここがエンディングだろう。だが、現実は違う。思いもよらぬ展開があった。出来れば内緒にしたい、娘から話すリアルな話だ。自分の馬鹿さ加減が嫌になる。
 
「パパさ、なんでトイレの生理用品を下にぶちまけたか理由わかってる?」
 
「え?使用期限がきれてもうてたからじゃないの?」
 
「あんなんに使用期限とかあるん?そんなん知らんで」
 
え、やっぱそうなんか。
「じゃあなんでなん?」
 
私は予想外の話に少し戸惑った。では怒りがおさえられずに衝動的にということなのだろうか?
 
「下に落としたやつ。あれは全部生理用品じゃないで」
 
 


「え?」
 



 
「あれ、尿もれパットやったで」
 
 
「嘘やん!マジで?」
 
 
 
「生理で使えへんやん。入れ物の表示も似てるし。紛らわしかったから下に落としててん」
 
 
「そういうことなんや!」
 
 
「気付かずに持って行ってたらやばかったで。友達にひとつ頂戴と言われて渡してたらシャレならんやろ。もうずっと笑い者になるとこやった」
 
 
「それは確かにまずいな・・・」
 
 
「危機一髪やでほんま」
 
 
そう言って娘が大きな声で笑った。
つられて私も爆笑した。若干笑いごとじゃない気もするが笑ってくれて助かった。
 
 
二人の乾いた笑い声が部屋中に響き渡った。梅雨の湿っぽい空が少しだけスッキリした気がする。
 
子育てはいっぱい恥をかきながら前に進んでいくことらしい。

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