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【他行為①】「する」の否定では表せない「しない」について

 おはようございます。最近は曇りがちで憂鬱にもなったりしますね。用事がないとついつい昼前に起きて、さして何も食べず家でダラダラと過ごしてしまいます。まあそれはそれで精神休養の大事な時間なのでしょうが、無性に空っぽさを感じてやまない。「今日は何も成していない」「この時間に何かもっと充実したことができたのではないか」といった怠りに襲われてしまうためです。
 ここで生じるのが「他行為可能性」の問題です。「他行為可能性」は私が最近頻繁に考えるネタで、今回の問題も通じているのではないかと閃きました。とはいえ、私は別に自由意志や責任能力の議論に通じているわけじゃないのでここでは「選択肢があるかないか」という一本槍で突き進むことにします。

ナリカワの罪

 私自身の過去をふりかえりながら他行為について考えてみます。ある時街中を歩いていると、重い荷物を抱えて明らかに苦労しているご老人を見かけました。周りに気を付けてのろのろと進み、しかし信号の明滅に急かされ、なんとか歩んでいる様子でした。それに対し、私は声をかけませんでした。周りから奇異のまなざしを向けられることや、当人に断られることを恐れていたのかもしれません。
 ですがそのご老人の様子を看過した後、猛烈な罪悪感を覚えることになりました。どうしてあの時行動できなかったのか。気持ちの目方がなんだか暗鬱で、不定形の重しに圧迫されているような気がしていました。

 では、私は悪行を働いたのでしょうか。(これこそ解釈の幅を許す点なのですが、)私の考えではこれは「悪」ではありません。何故なら私がその場にいるのといないのとで状況に変化が無かったためです(トロッコ問題で「私ならレバーに触れず静観する」と答える人とおなじ原理かも知れません)。
 しかしそうやって自身を正当化する反面、気持ちの上で明らかに落ち窪んでいる私自身を明視せずにはいられませんでした。悪くないならば、なぜ罪の意識を被っているのだろうか…。

静観の矛盾

 この矛盾した意識に妥当な解釈を与えるのが他行為可能性のエッセンスです。要するに、私は困っている人間を助けるのが正しく、いっぽうでその人を煙たがったり排除したりするのが間違っているという土壌に立っており、その上で彼に声を「かける」こともできたし、「かけない」こともできました。
 むろん声をかけて確認していたわけではないので本当に困っていたのかは分かりません。それに「老人」「女性」「障害者」などの(近代「社会的弱者」として議論の対象とされてきた)立場に対し無条件に負のレッテルを貼ることは絶対に避けねばなりません。ですがそれをふまえても、少なくとも声をかけることが私の倫理観における正しいおこないでした。

 そこで発生した「静観(=無視)」という行為は、もはや声を「かける」の裏返しとしては記述されず、「かけない」という肯定形でしか表し得ないのです。それは上妻(2018)の言うような「Aである」と「Aでなくはない」が異なるという二重否定性ですらなく、「Aでない」と「Aでなくはなくはない」という見かけ上の三重否定の態度を呈します。
 またこれは、中村(2021)が引用するような倫理のあり方にも通じるところがあります。

「「倫理的(ethical)」とは、単純に何をすべきか、ということではなく、実際に何をしているのか、何をしてしまったのか、何を放置してしまったのかということに向き合わなければならないということ」[Lambek 2015:41]

「道徳哲学と民族誌の「もう一つ」の交わり方」(中村沙絵 2021)254頁より

 ここでは現在及ぶ行為だけでなく過去に及んだ行為、さらには行為しなかったところにも注目があります。今回の場合で言えば、声をかけるという能動的な行動によってのみならず、声をかけようとしてやめるという中動態的な行動(〈行動しない〉と言う方が正しいかも)によっても倫理的な課題が現れてくるということになります。
 だから困っている人間に対して、助ける(善)↔何もしない↔邪魔する(悪)が必ずしも等距離にあると言い切れないのではないでしょうか。あるいは、「何もしない」が(非善)や(非悪)といった方法では言語化し得ない点にも言及せねばなりません。以降の課題ですね。

予告

 結局今回は「他行為」についての語りに終始してしまいました。冒頭の問いに一切触れないうちにまあまあな字数になったので、次は少し本丸に踏み込みたいと考えています。

引用文献等

上妻世海 2018『制作へ ーー上妻世海初期論考集』EKRITS.
中村沙絵 2021「道徳哲学と民族誌の「もう一つ」の交わり方 ーーきれいな分析を拒む現実に留まること/逸れること」『文化人類学』86(2): 250-268.

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