見出し画像

『それでも僕はここで生きる』 #22 始動, 23回想Ⅲ

22.始動

まず僕は南を探すために、
祖父と『広瀬南』がいる療養所へ向かった。
 彼女のもとにたどり着いた時、彼女はまた寝ていた。起きている彼女と会話したかったので、僕は祖父のところへ行き、祖父の様子を確認しようとした。
 祖父はその時起きていて、看護士がそばで食事を与えているところだった。
 僕は看護士にお礼を言い、看護士と少し世間話をした。看護師が食事を与え終わり、祖父の部屋から去っていくと、祖父は僕の方を見てまた横になりたがった。僕はそれを手伝い、祖父は横になるとすぐ眠ってしまった。
 祖父が眠ってしまったので僕は再度『広瀬南』のもとへ向かった。
 彼女はまだ寝ていたので、起きるまで少し待ってみようとした。
 すると僕の目の前は以前ここにきた時に体験したように真っ暗になり、そこから裸で目を瞑った『広瀬南』が現れた。
 「またいらしたのですね」『広瀬南』が言う。
 「これは夢ですか?」僕は言葉を話せたので、これは僕の夢ではないということを確認しながら恐る恐る聞いた。
 「これは夢です。しかし、あなたの夢ではもちろんないですし、厳密には私の夢ではないのです」彼女は厳かな雰囲気を纏いながらそう言った。
 「では一体なんなのですか?」僕はまだ何もわかっていなかった。
 「これは広瀬南というメタファーの夢なのです」なんだか不思議なことを言い出す。
 「メタファー?どういうことですか?意味がよくわからない」僕はその時、非常に混乱していた。
 「メタファー、すなわち「概念」です。広瀬南という「概念」の夢の中で私とあなたはこうして会話しているのです」彼女は淡々と語った。
 「突然そんなことを言われても、理解が追いつかないのですが、状況がかなり複雑だということはわかりました」僕は整理した風に返事をした。
 「おっしゃる通り、状況は複雑です。あなたはなぜここに来たのですか?本当に祖父の見舞いですか?」と彼女は問うてきた。
 「僕は『広瀬南』と話がしたくてここに来ました」僕は素直に答えた。
 「そうです。あなたは『広瀬南』に会いに来たのです。ですが、もう私が目覚めることはありません。あなたがあの時、私に出会い、私を助けた時、広瀬南という概念は解放されてしまったのです」
 「僕に出会ったことで?」僕はよくわからないまま必死に状況を追っていた。
 「あなたに出会ったことが直接そうさせたのかは私にもわかりません」
 彼女がそう言い終えた時、暗闇は急になくなり、『広瀬南』の部屋に戻っていた。
 前回よりも長い間暗闇にいた。これからもここに来れば、より多くの情報が手に入る。そして、僕は南を救うための道が少し開けた気がした。少なくとも南のメタファーはこの世に存在することがわかった。僕は少しの可能性を信じ、南を探し出すことを誓った。
暗闇から解放され、彼女の部屋を後にすると、僕は車で自宅まで戻った。
一刻も早く南を探す手がかりを見つける必要がある。そのためには、僕は『広瀬南』の近くにいることが必要だ。
僕はそう考え、仕事を辞めることにした。幸い、半年くらいは仕事をしなくても贅沢さえしなければなんとか生活できるくらいの貯金をしてきた。
しかし、少しは金を稼がないと不安なので仕事を辞めると同時に、広瀬南がいる療養所の近くのコンビニエンスストアのアルバイトに申し込んだ。
会社からは引き止められたが、僕のような突出した成績のない者がいなくなったところで、会社はびくともしないだろう。会社を辞めたことで、退職金が入った。
次は療養所の近くに住むところを探した。ちょうどよくアパートの一室が空いていたので、そこに住むことにした。
現在の家は解約し、すぐに引越しの準備をした。引っ越しの日には松下も手伝ってくれた。
「急にあんな田舎に引っ越すっていうからびっくりしたよ」松下が言った。
「本格的に事態が動き出した証拠だよ」僕は含みのある言い方をした。
「よくわからないし、僕はどうしてかその南ちゃんについては何も覚えていない」と、松下。
「それも関係していると思うんだ。僕はその一連の謎を解決したい」と僕。
「健闘を祈るよ」松下はそう言って微笑んだ。
引っ越しも滞りなく済み、僕は晴れて、療養所の近くで生活を始めることになった。僕はとても不安だった。ふとした思いつきで一気に行動してしまったが、これで良かったのか?
だが、これまでの何の特徴もない人生を変えるにはちょうど良い機会だった。僕は不安の中に一抹の期待を見出し、それを大きくする作業をすることに決めた。
最後に待ち受ける結末が如何なものであれ、僕はこの決断が後悔を残さないものにすることを決意した。

23.回想Ⅲ

まだ登り始めたばかりの太陽。ひんやりと吹く風。草についた露。鳥の鳴く声。清々しい朝だ。私は毎朝散歩をする。朝の散歩は誰にも邪魔されない。私だけの世界を見つけられる。気忙しい毎日の中で、私を救ってくれることの一つ。
三人で笑ったり、家族と団欒したり、そういった日常が永遠に続いてくれればいいのに。
今度、みんなで海に行きたいな。もう夏が終わってしまった。海に行くのは来年かな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?