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『それでも僕はここで生きる』 #30 勘案

30.勘案

 その日、僕は療養所の近くの家に帰った。『広瀬南』の状態も気になったので、療養所に向かうことにした。
療養所に着き、『広瀬南』の部屋に入ると、そこに彼女の姿はなかった。
僕は慌てて職員に詳細を尋ねてみた。すると、職員は症状が悪化していたので病院に移ったと言った。
僕はその病院を聞き出し、急いでそこへ向かった。その病院は療養所から近かった。かなり田舎なのに、大きな病院だった。やはり、この辺りは環境が良いために最後の地として選ばれるのかもしれない。その病院は療養所のように解放的で病院特有の閉鎖的な雰囲気をあまり感じない。
病院に入り、『広瀬南』の病室に行くと、相変わらず彼女は眠っていた。とても病状が悪化したとは思えない落ち着いた様子だ。
看護師に彼女の病状を聞くと、療養所で意識を失い目覚めなくなってから、病院に移送される話は出ていたのだが、それがやっと行われたという話だった。
彼女は目覚めるのだろうか。僕は彼女の近くに行き、そのようなことを考えた。
彼女の近くに行くと、僕はあの暗闇に引き込まれた。目の前には『広瀬南』が現れ、もう慣れてしまっていた僕は彼女が口を開くのを待った。
すると、目の前から彼女の姿は消え、僕は浮遊しているかのような不思議な感覚に囚われた。
僕はいつの間にか海に来ていた。僕と南と松下、三人の地元にある海だ。僕らは子供の頃、そこに夏になると行き、遊んでいた。
その海辺に、幼い頃の僕らの姿も見えた。これは何歳だろう、小学校に入ったばかりくらいだろうか、かなり幼い。僕らは、親に見守られながら楽しそうに遊んでいる。だが、そこには南がいない。不思議に思ったが、ふと自分のことを見てみると、僕が南の視点で僕らを見ていることがわかった。
なぜ僕はこれを見させられているのだろう。南はこれを僕に見せる何かしらの理由を持っているのだろうか、あるいは単なる気まぐれだろうか。僕はかなり長い時間を幼少期の僕らを見ながら過ごした。
何かの手掛かりになるかもしれないので、僕は細部を観察して過ごした。
突然、最初の不思議な感覚が訪れ、僕は暗闇に戻っていた。暗闇には『広瀬南』の姿はなく、しばらくすると、彼女の病室に戻ってきていた。
僕は今見た光景を忘れないように紙に書きつけた。可能な限り、当時のことを思い返し、僕の視点からもそのときあった出来事を書いた。
家に帰り、そのメモを見返したが、僕は何もわからなかった。手がかりが少なすぎた。南が何を伝えようとしたのかはまだ理解できなかった。
外では雨が降り出し、元気に泣いていた虫たちも身を潜めてしまった。茜色に染まった空は次第に暗黒を取り入れようとしていた。
僕の前途多難な捜索は終わりを迎えるのだろうか。

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