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『それでも僕はここで生きる』 #24 交叉

24.交叉

療養所近くに引っ越してきて、僕はまずコンビニでアルバイトを始めた。なかなか大変で、最初のうちは慣れなかったが、徐々に慣れてきた。
店には様々な客が来る。中にはかなり特徴的な客もいる。僕は深夜の仕事なので心なしか変わった人間が集まりやすいのかもしれない。
一ヶ月ほど経つと、客のパターンが少しずつわかってくる。毎日来る客の顔は覚えてしまう。深夜は人が来る数が昼間に比べると少なくなるからだ。
ある日、僕がいつものようにレジ番をしていると、見かけない女が来店した。
「いらっしゃいませー」マニュアル通りの当たり障りのないトーン、声量で言った。
女は店内を歩き回り、ビールと酒のつまみになりそうなものを手に取ると僕のいるレジの方へやってきた。
僕が彼女の持ってきた商品のバーコードを読み取り、袋に詰めていると、
「あなた、こんなところにいたのね」客であるその女は僕に向かってそう呟いた。
「えっ…」僕は驚きのあまり、言葉が出なかった。
女は店内に自分以外の客がいないことを確認し、再び口を開いた。
「私のこと覚えてる?」
下を向いているので顔はあまり見えない。声はぼんやりと聞き覚えがあった。だが、誰だか思い出せない。思い出せずにいると、女は
「私、あなたに会いたかったの」とだけ言った。
やはり僕はこの女のことは知らない。そう思った。根拠はないが、なぜかそう思ったのだ。
コンビニの夜勤が終わり、僕は外へ出た。外はすでに明るくなっていた。
家に帰ろうと駐車場に向かうと、車の前には先程の女がたっていた。
「乗って」女は言った。
僕は車に乗り、彼女も何も言わずに乗り込んだ。
「私のいう通りに進んで」彼女は淡々と話す。
僕はエンジンをかけ、発車した。彼女はこの辺りの道に詳しいのか、迷うことなく道を案内した。僕はそれに黙ってついて行った。
「ここを左」
だいぶ遠くまで来ていた。木々が深まり、辺りから建物がなくなって行った。
「ここよ」ぶっきらぼうに女が言った。
僕は目を疑った。僕らの目の前には小綺麗に佇むモーテルがあった。僕は言われた通りに駐車した。
僕は女の方を見た。初めてまともに顔を見た。女はどこか南に似ていた。思い返してみると、声も南に似ていたような気がする。
「何をしているの、いきましょう」女はぼうっと立ち尽くす僕を急かすように車から降りた。
僕らは建物に入り、チェックインを済まして部屋に入った。僕はまだ状況が飲み込めていなかった。
 「シャワーに入るわ」女はそう言い残し、バスルームへと消えて行った。
 僕は今日の一連の出来事を振り返ってみた。だが、何も脈絡がなく女が登場し、そこから急展開で今ここに至る。何も掴めなかった。
 シャワーを浴び終わった女が出てくると、女は僕にシャワーに入るよう促した。僕は従った。
 仕事終わりにシャワーに入るのは気持ちがよかった。そういえば、僕は夜勤明けなのだ。
 シャワーから上がると、彼女は部屋を真っ暗にした。何も見えない。彼女は効率よく僕のことをベッドに横たわらせた。まるで彼女が僕のことを見えているかのように。(実際見えていたのかもしれない)
 僕はそのとき、あの暗闇にいるような感覚を覚えた。この女が、あの暗闇を物理的に作り出しているのだとしたら、この女は『広瀬南』と同じ役割を果たすはずだ。と思った。 
 僕は女が暗闇の中に鮮明に姿をあらわすのを待った。想像通り、僕の眼前には裸のその女が現れた。僕は口を開こうとしたが、声にならなかった。僕の記憶はそこで途切れた。

目を覚ましたときには僕は一人でベッドに横たわっていて、女の姿は既になかった。
 これはいったいなんなのだろう。夢ではないことは確かだ。僕は実際にこのモーテルに来ていて、外はすでに夕焼けが綺麗だ。
 不思議に思いながらも僕はチェックアウトをし、車に乗り込んだ。来た時とは反対の道を通って帰った。
 家に帰り、もう一度今まで起きたことを考えてみた。
 女はどう考えても、僕のもとに意図的に現れたし、僕から何かしらのものを搾取したかったのであろう。
 女はいったいなぜそんなことをしたのだろうか、なぜ僕でなければならなかったのだろうか。彼女は南の面影を感じさせたが、何か関係しているのだろうか。
 そんなことを考えているときに、ふと半年くらい前のことを思い出した。
 僕は以前『広瀬南』と初めて出会ったと同時期にもう一人女に出会っている。僕はその女が、今回の女だったのではないかと考えるようになった。
 彼女はなぜか僕の居場所を知っていた。その点では同じ人物と捉えることもできなくはない。しかし、僕のことを、半年ほどもなぜ追い回し、しまいには僕のことをモーテルにつれ出し、僕を眠らせたのだろうか。
 女の一連の行動は計画的であったことは間違い無いとしても、なぜそのような行動を取ったのかはわからないままだ。

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