見出し画像

『それでも僕はここで生きる』 #32 忘島

32.忘島

 キャンプの日から少し日が経ち、僕は再び小野と同じシフトに入った。小野と僕は相変わらず話さず、仕事は終わった。仕事終わりに、店の外で小野が話しかけてきた。
 「あれから何か進展はありました?」
 「いや、特にないです」と僕。
 「そうですか」と小野。
 「何かありました?」と僕は尋ねた。
 「いえ、何もありません。ただ気になったもので」と小野は答えた。
 そこで会話は終わった。
 家に帰ると、すぐに眠りについた。僕はただただ真っ白の空間に、水が存在するだけの夢を見た。何も動きはなく、ただただその空間が存在しているだけの夢だ。
 目が覚めると午後になっており、僕は支度をし、海へ向かった。南の夢に出てきた、あの海だ。
 僕は長いこと車を走らせ、海へ向かった。途中で何度も海へ行くのが嫌になり、引き返そうとした。だが、僕の執念の方が勝ったのだ。
 海に着くと、僕は南の見ていた景色を見ようと、その位置に行った。位置を思い出し、南の視点と一致させるように辺りを眺めた。すると、その視点の先には小さな島があった。
南はこの海に来ると、必ずあの島の方を眺めていたのだろうか。あの島には何があるのだろうか。
僕はあの島について何も知らなかった。そもそも、あそこに島があることすら、初めて知ったのだから。
 僕は近くの図書館に行って島について調べた。しかし、何も資料が見つからない。それどころか、島があることすら資料からは読み取ることができなかった。
 島は存在しない。だが、南はあの島の方角を眺めた。そして僕にはその島が見えた。必ずつながりが存在し、南の発見に近づくだろう。ひょっとすると、あの島に行くことができれば南を見つけることができるかもしれなかった。
 僕はその島に行く為に船を出してもらおうとした。船の手配をしようと数人かの人に当たってみたが、皆、口を揃えて島などないと言い張り、船を出すことは許可されなかった。
 僕は自らその島に行くほかなかった。
 僕は一旦家に帰り、その方法などを考えてみることにした。
 島についてかなり考えを巡らせたが、島に行く方法を考えつけなかった。僕は知り合いに船を持っている人などいなかったし、船の操縦を身につけている時間はなかった。
 僕には泳いで島に行く方法しか残されてはいなかった。ボートで行こうと考えたが、その辺りはビーチで、ボートで白昼堂々出向するのは難しかった。
 島に行く方法が決まった今、僕はその島に行く前にいくつか用事を済ませておく必要があった。島に行く途中や、もしかしたら島で死ぬことだってあるかもしれない。
 まず初めに松下に会うことにした。松下に連絡をし、都合の良い日程を決めた。次に遺書を書いた。そして、小野に島に行くことを伝えた。
 小野はその島のことを信じた。そして、島に行くことを応援してくれた。小野は僕にとってこの計画を遂行するのに、既になくてはならない存在となっていた。
 そして僕は『広瀬南』のいる病院へ向かった。
 『広瀬南』はいつものように眠っていた。この世界で起こっていることを全て悟っているかのように、安らかな顔をして、静かに寝息を立てていた。
 僕はそこで彼女にこう語りかけた。
「僕は南を探しに行きます。僕にしていることは本当に正しかったのでしょうか?あなたはなぜ眠ってしまったのでしょうか?僕は知らないことがたくさんあります。僕は初めて自分で何かを成し遂げようとしています。僕の存在を確認しに行くのです。あなたも見守っていてくださいね」と。
『広瀬南』は一瞬微笑んだようにも見えた。
僕は病室を出て、車に戻った。車を発進させ、カーラジオを聴いていると、聞き覚えのある言葉が聞こえてきた。さらに聴くと、僕は衝撃で車を停めてしばらく呆然としてしまった。カーラジオはこう伝えていた。
「昨晩、スティーブンス・ホテル付近で女性が意識不明の状態で発見されました。女性はそのあたりで何件も目撃情報があり、かなり前からその近辺にいた模様です、さらに女性はホテルのマッチを所持しており、ホテルに滞在していたことがわかります。女性は意識不明になってから長い時間が経過しており、医師はこんな症例は見たことがない。と話しております。」
僕はあの女を思い出していた。一緒にモーテルに行った女だ。報道されているホテルというのはそのモーテルで、僕にはその女が彼女であるという確信がなぜかあった。彼女は偶然か、『広瀬南』と同じ病院にいるらしい。
僕は接近してきた女が二人とも意識を失ったことに強烈な違和感を覚えた。早く南を見つけなければ、そう強く思った

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?