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日本郵船歴史博物館(神奈川県横浜市・櫻木町駅)

近代日本海運の歴史を紹介している博物館。明治維新を皮切りにして、土佐藩の回漕業であった九十九商会を岩崎彌太郎が発展させたことから、日本初の外国航路を開設して欧米列強に対抗する形で始まったのが日本の海運の最初と言われる。ここでも岩崎家である。日本の発展と岩崎家は切り離せない関係である。

内部は80年ほど前に竣工された当時のデザインをなるべく生かすかたちで改修されており、近代化産業遺産として認定されている。なお展示室内は撮影できない。

常設展示では岩崎彌太郎の業績から日本郵船の誕生を基点として現代に至る日本郵船の歴史を紐解いて行く。岩崎彌太郎が切り開いた三菱と政府・三井系・関西財閥の「共同運輸会社」が合併したことから「日本郵船会社」が誕生した。当時の輸送手段は鉄道網や地方船主によるものが多かったため、日本郵船は海外に活路を見出して世界の船会社として発展して行くことになる。

またしても岩崎家

海運業の好調と共に豪華客船の時代が訪れて輸送からサービス業へも事業を拡大させていた矢先、戦争の足跡が忍び寄ることになる。豪華客船も空母へと改造され、多くの船は徴用船となり戦争への道へ突き進むことに。日本郵船が建造したものの太平洋の藻屑と消えた無数の船が紹介されている。結果的に敗戦後は日本の海運は厳しい制限を受けて苦境の時代が訪れる。軍国主義に翻弄された日本郵船の苦境が窺える。

やがて戦後の復興に直面する。日本郵船は経営の多角化へ踏み出してさまざまな物流を支えることになる。特に陸海一貫を実現するコンテナ輸送に初期から対応して、現在にまで続いているコンテナ輸送の先陣を切ることになったのである。豪華客船クルーズも再び脚光を浴び始めており、日本郵船の飛躍はここからである。

いくつかの展示室ではタッチパネルを使った映像解説を行なっている。見学者は少ないので人混みは気にしなくて良いもののメンテナンスがあまりされていないのが玉に瑕。なにしろウェブ閲覧コーナーの5つのリンクのうち3つがリンク切れを起こしている。

企画展内には山下公園に現在ある氷川丸の模型が展示されている。ちなみに氷川丸の内部を見学できる共通チケットも用意されているので船に興味があれば併せて足を伸ばして見学するのも手。トイレはウォシュレット式。

もう少しIT関連をしっかりしてほしい


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