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鈴木遺跡資料館(東京都小平市・花小金井駅)

花小金井駅から武蔵小金井駅へと向かって南下する途中にある鈴木街道を西進して行くとその周辺は鈴木町という地域になる。この鈴木町を代表するスポットとして存在するのが鈴木遺跡資料館。入口までに大量の上り旗が並んだ少し異様な雰囲気のあるこの施設は、地域に小学校を建てる際に発見された大量の遺跡を展示している資料館である。

鈴木小学校を建てる際に大量に出土した遺跡。鈴木遺跡と名づけられたこれらの遺跡は、縄文時代や弥生時代どころか、さらにはるか昔である旧石器時代の生活の跡が見られることから都内でも有数の貴重なものである。鈴木遺跡のある小平市はその名の通り平坦な土地が多く、古い時代の遺跡が見つかることは珍しいそうで、そのことからも東京都の指定文化財となっている。

鈴木遺跡、個人名ではない

ガレージのような1フロアの中でまず目を見張るのは入り口にある地層の図。武蔵野の地層をIからXまで時代ごとに分け、最深部のX層になると38000年前のものだという。鈴木遺跡はX層からIII層までの22000年の間で12の層に分かれており、特にVI層では姶良パミスという鹿児島の火山灰の痕跡が見られるというのも非常に貴重な発見とされる。桜島の火山灰が関東まで来ていたという証拠になる。

桜島の火山灰が関東にまで

石の破片みたいなものがどうして人類の痕跡になるのか、というのが常から疑問だったのだけれど、明らかな人為的な削石がされていたりすることでわかる他、興味深いのは石の色によってもわかるということ。自然には絶対に発生しない赤色の跡が残されていて、それらを科学分析するとやはり自然に生まれない物質が存在し、さらに人為的な配置をなされていることから火を焚べていたことがわかるなど、しっかりとした理由があってのことだという。

石にうっすら残る赤色で人為的だとわかるそう すげえ

遺跡が見つかるきっかけになったエピソードも興味深い。もともと小学校を建てようと地面を掘った際に水車が見つかったのだという。これは江戸末期の黒船来航を機にして、軍備の拡張を余儀なくされた幕府が火薬を増産するために近隣を流れる石神井川からの水車の力でもって硝石や硫黄などを臼で撞いて作った跡だということから、これがなんなのか、他にも何か遺構が出てくるのではないかと期限つきで調べたところ、期限ギリギリとなった3日目に江戸時代の水車どころか、それをはるかに上回る旧石器時代の遺跡が見つかったというもの。現在の鈴木遺跡があるのは水車が見つかったことと、猶予3日でさらに遺跡が見つかったことからあるのだった。展示室ではそのきっかけとなった定右衛門水車の破片も残されている。

貴重な発見のきっかけとなった江戸時代の遺構

トイレは洋式。館内は一通り回ればすぐに見終われるくらいのシンプルな作りではあるけれど、ガイドの方がいれば付き添いで一つ一つを丁寧に解説してくれるので学びが深くなる。壁一面にある地層はがしや、旧石器時代の長さを物語る天井際のテープなど見せ方にも工夫されていて面白い施設である。

でました地層はがし


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