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特別支援教育分野で英語論文を投稿する意義とは?

最近の傾向として、英語の論文を書いているかどうかが業績評価において重視される傾向にある。しかし、これは本当に大切な観点なのか?と疑問に感じることがある。

医学や薬学や化学、物理、生物学等は世界共通の研究課題があり、それを英語という多くの人が読める言語で論文として出すことは重要なことはいうまでもない。最近では、コロナ関連の話題で世界中の関係する分野の研究者が英語で論文を発表している。

ところが、私が専門とする特別支援教育では、英語で論文を書くことの意義はどこにあるのだろうか。

そもそも、教育の制度が異なるため、論文を書く時には背景の説明を十分にしなければ伝わらない。

そして、英語で論文を書くときに最も困ること、それは引用文献だ。特に、国内誌を引用しようとするとき、英語のタイトルや要約がない論文が多く引用すらできない。厳密にはこちらで英訳をつけて引用してもよいのかもしれないが、査読者は日本語の論文を読むことができないことを考えると最低限、英語の要約がついていて、ネット上で閲覧できる状態になっているものを選ぶべきとなる。すると、かなり本数が限られてきてしまう。もちろん、海外誌も引用するわけだが問題の背景を執筆するにあたっては、日本の論文を引用しないわけにはいかない。

なぜ、これほどにも英語の論文が少ないのか、それは多くの研究者たちが日本の教育に関する内容をわざわざ日本人が読みづらい英語にして出す必要性がないと考えているからなのではないかと思う。伝えたい相手、読んでほしい人は日本人であるから、英語で書くことでかえって読んでもらえなくなるという背景がそこにはあるのではないか。

私は今、より国際的な視点で特別支援教育をとらえたいと考えている。だから、英語で論文を書いている。しかし、今日も英語タイトルがない論文、英語の雑誌名がついていない雑誌などなどに頭を悩ませながら執筆をしている。

英語で論文を書く意義、それはやってみないことにはわからない。英語で出すからこその意義もでてくるはず。そう信じて、まずは日本語の先行研究をどうやって引用するか知恵を絞ることとしよう。


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