メトロコマース事件(退職金)の最高裁判決について

こんにちは。社会保険労務士の町田です。

先週、最高裁で「同一労働同一賃金」関連の判決が下されました。先日「賞与」に関する「大阪医科大学事件」判決について触れましたが、続いて同日に下されました「メトロコマース事件」の判決について触れたいと思います。

判決の概要

基本的な枠組みとしては、先日説明した「大阪医科大学事件」と同様です。

【退職金の性質】
退職金規程:その支給対象者の範囲や支給基準,方法等を定めていた。
退職金は、
・本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するもの
・支給対象となる正社員:本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され、業務の必要により配置転換等を命ぜられることもある
・退職金の算定基礎となる本給は、年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るもの

職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するもの
正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的

【職務の内容】
両者の業務の内容はおおむね共通するものの、
正社員:販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当。
複数の売店を統括し,売上向上のための指導,改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理,商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあった
契約社員:売店業務に専従していたもの
⇒両者の職務の内容に一定の相違があった

【変更の範囲】
正社員:業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり,正当な理由なく,これを拒否することはできなかった
契約社員:業務の場所の変更を命ぜられることはあっても,業務の内容に変更はなく,配置転換等を命ぜられることはなかった
⇒変更の範囲にも一定の相違

【その他の事情】
「売店業務に従事する正社員」は、他の正社員と差異があった。
「売店業務に従事する正社員」と,「本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の正社員」では、職務の内容及び変更の範囲につき相違があった。
売店業務に従事する正社員:
再編成の経緯やその職務経験等に照らし,賃金水準を変更したり,他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があった。売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては,組織再編等に起因する事情が存在したものといえる。

正社員登用制度があった。

【結論】
・退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて
・売店業務に従事する正社員と契約社員の職務の内容等(※職務の内容+変更の範囲+その他の事情)を考慮
・契約社員の有期労働契約が原則として更新するものとされ,定年が65歳と定められるなど,必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえない
・第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していること
⇒両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまではいえない

とし、結論としては退職金の不支給は「不合理とまではいえない」としています。

補足意見・反対意見

今回の判決には、「補足意見」や「反対意見」が付されています。ここもヒントになる部分がありますので説明します。

【退職金制度に関する補足】

退職金は,その支給の有無や支給方法等につき,労使交渉等を踏まえて,賃金体系全体を見据えた制度設計がされるのが通例であると考えられるところ,退職金制度を持続的に運用していくためには,その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があるから,退職金制度の在り方は,社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるものといえる。そうすると,退職金制度の構築に関し,これら諸般の事情を踏まえて行われる使用者の裁量判断を尊重する余地は,比較的大きいものと解されよう。

退職金については、使用者の裁量による余地が比較的大きく、「不合理」と認められにくい、ということです。

【退職金制度以外の制度に言及した補足】

退職金には,継続的な勤務等に対する功労報償の性格を有する部分が存することが一般的であることに照らせば,企業等が,労使交渉を経るなどして,有期契約労働者と無期契約労働者との間における職務の内容等の相違の程度に応じて均衡のとれた処遇を図っていくことは,同条やこれを引き継いだ短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条の理念に沿うものといえる。現に,同条が適用されるに際して,有期契約労働者に対し退職金に相当する企業型確定拠出年金を導入したり,有期契約労働者が自ら掛け金を拠出する個人型確定拠出年金への加入に協力したりする企業等も出始めていることがうかがわれるところであり,その他にも,有期契約労働者に対し在職期間に応じて一定額の退職慰労金を支給することなども考えられよう。

非正規労働者に対する別建ての「企業型確定拠出年金」「個人型確定拠出年金」「退職慰労金」について言及しています。

【反対意見】
反対意見での、主な論点について指摘しておきたいと思います。
・契約社員:契約期間を1年以内とする有期契約労働者として採用されるものの,当該労働契約は原則として更新され,定年が65歳と定められている
⇒正社員と同様,特段の事情がない限り65歳までの勤務が保障されていたといえる。

・契約社員も代務業務を行うことがあり,また,代務業務が正社員でなければ行えないような専門性を必要とするものとも考え難い
・エリアマネージャー業務に従事する者は正社員に限られるものの,エリアマネージャー業務が他の売店業務と質的に異なるものであるかは評価が分かれ得る
・変更の範囲:制度上の相違(正社員:配置転換,職種転換又は出向の可能性がある/契約社員:勤務する売店の変更の可能性があるのみ)は存在
 ⇔売店業務:人事ローテーションの一環として現場の勤務を一定期間行わせるという位置付けのものであったとはいえない
売店業務に従事する正社員と契約社員の職務の内容や変更の範囲に大きな相違はない。
以上より、「両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる」としています。

今後、企業が対応すべき点

今回の裁判例を踏まえて、企業として対応すべき点を挙げたいと思います。

一つ目は、有期雇用契約の内容を確認する、ということです。

今回の判決の反対意見において、有期雇用契約が原則として更新され,定年が定められていることから、「正社員と同様,特段の事情がない限り定年までの勤務が保障されていた」と指摘されました。また、多数意見でも有期契約社員が「必ずしも短期雇用を前提としていた訳ではない」とされています。

この状態であれば、「定年まで勤務できる無期雇用契約」ですから、その点においては退職金の支給が必要になる可能性があります。
本当に有期雇用契約であり、臨時的である、という位置づけであれば、「原則更新」ではなく「都度判断」にするべきですし、定年を定める必要はない、と考えます。

二つ目は、正社員登用制度の導入です。
こちらについては「大阪医科大学事件」判決について触れた中で説明しましたので、ここでは割愛します。

三つめは、退職金制度の見直しです。

特に大企業では、新卒採用から定年退職までの給与額や想定利率等をベースに、長期的な計画で退職金制度が運用されています。しかし今日、中途採用や中途退職のために退職金をあてにできない従業員が増加していたり、運用利率の低下による「積立不足」等の問題が発生したりしています。

そのような背景から、移換可能な「確定拠出年金」が利用されています。今回の判決でも指摘がありましたが、例えば「新卒は既存の企業年金制度を利用し、中途採用であれば確定拠出年金制度を利用する」といった方法や、非正規社員についても「個人型確定拠出年金制度」の利用を提案する、といった対応が可能です。
また逆に、「企業型確定拠出年金制度」を正社員のみに限定する、といった制度設計は、今後「不合理」と認められる可能性が生じます。

今後、退職金の趣旨現実的な制度の維持可能性を踏まえて、退職金制度の見直しは避けられないのでは、と考えます。

おわりに

従来、退職金については、長期雇用を前提として人材の確保やその定着を図る目的であり、「正社員にのみ支給するのが当然」と捉えられていました。しかし今回の判決は、会社の裁量の範囲が広いとはいえ、退職金についても正社員と非正規社員の間で「不合理な格差」とされる可能性があることを示しました。

そもそも「新卒で入社し、定年退職する」というライフプランを前提としているような「退職金制度」「退職年金」は、今の時代にそぐわない面があると感じます。殆どの企業では(人材の定着を図るために)勤続年数に比例する制度ではなく、勤続年数が長くなれば、それ以上に金額が大きくなる制度になっていると思われますが、多様な人材を活用する、という「同一労働同一賃金」の趣旨からそれは適切なのか?は考えるべき課題なのでは、と思います。

本日は以上です。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。

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