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人類の叡智が好き!

最近知って面白かった、西洋と東洋(インド)の歴史の捉え方の違いから。

西洋と東洋では、昔の出来事の綴られ方が違ったようだ。

西洋では、いついつどこで誰が何をした、というように。
(まるで詰め込み式の日本教育みたいな)

東洋では、あまり細かいことは気にせずに、物語のように。

歴史は過去から学ぶためにあるとはよく言ったものですが、その観点からいえば、東洋の仕方に軍配が上がりそう。

時間、場所、主体を省略し、抽象的にかくことで本質を抽出していくことができるから。

西洋のように個別の事象を取り扱うのではなく、歴史は輪のように巡るものとして、その事象に共通する本質を抜き出そうとしている。

年表と向き合いながら、ひたすら覚えるというやり方で歴史を勉強してきた昔の私しいてはそういう教育を受けてきた日本人にはよくわかるが、西洋の仕方のデメリットは歴史が単なる膨大な量のデータになってしまうことだ。
毎年、歴史嫌いが生まれていることから分かるように、ただの記録の集まりには人は興味を示さないのだ。

一方で、歴史は繰り返されるものとして理解し、時が流れるにつれ、物語をより象徴的に洗練していく東洋人は賢いなあと感心するばかりだ。

(以上の話は 飲茶, 史上最強の哲学入門, 河出書房新社, 2015 を参考にしている)

ところで、漫画Dr.Stoneを読んだ時に初めて自覚したが、私は人類の叡智が好きである。

ながーーい時間をかけて少しずつ前進してきた人類。
時を超え、現代まで脈々と受け継がれてきたものは正しく、美しい(ものが多い)

だから学問が好きだ。科学が好きだ。

だから哲学に耳を傾ける。

ひとりの人間の長くても120年分の知と世界中2500年分の先人たちの知恵の上に成り立つ知、どちらが有用であるかは言うまでもない。

私も巨人の肩に立ち、本質や真理の解明に貢献し、人類の叡智の一部になりたい。




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