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名演奏を成し遂げた音楽家

※この話は前回から続いています。

教祖様の登場

理容室のオヤジの話は続く。

「音楽家の人は教祖様がいるって部屋の前に来たら、お付きの人からこんなことを言われたんだとさ。

『これから教祖様があなた(音楽家)に、ありがたいエネルギーを送ってくださいます。つきましては、それを受ける準備として、その場に正坐してひれ伏してください』ってね」

まあ、ここまできたら音楽家の人だって、演奏しなきゃならないし、しょうがないよ。言われた通りにするわな。そこへ教祖様の登場だ。

しばらくしてから声をかけられたんで、顔をあげて教祖様をよく見ると、そりゃびっくり。親指以外の指全部にこ~んなに大きな宝石をはめてたんだとさ!」

オヤジは右手の親指と人差し指で丸を作ってみせる。

「そんなでかいのしてたら、手の重さで腱鞘炎とかにならないのかな?」
「腱鞘炎になってもご自分のパワーで、またたく間に治療なさるんじゃないの?まあ、そんなことはいいから聞きなさいよ」
「うるさいなあ、もう」

横から飛び出してくる広報係

「でね、『これから教祖様のパワーをいただいてください』って話になって、その人はひれ伏したまま、そのパワーってのを受けたわけだ。

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えいっ!う~!とかなんとか、やったのかどうかは聞かなかったけど、そのとき、カメラをかまえた広報みたいな人が横からササッと飛び出してきたらしい。

で、カシャカシャカシャ!カシャカシャカシャ!写真を撮りまくられたんだな、これが。まあ、こうなりゃしかたないから、撮られるままになるわな」

すべてが相手の掌の上。

「それから演奏会がはじまって、音楽家はいつものように見事な演奏を聴衆に聴かせて、その日は終わったらしい。ところが、問題はそれから1週間後だ。

1週間たったら、広報誌がその人のところへ送られてきたわけよ。で、さっそく中を開いてみると、自分が正坐して、パワーをおしいただいてる写真がデカデカと載って、そこに大きな見出しでこんなようなことが書いてあったんだと。

見よ!あの大音楽家も教祖様のエネルギーを受けたからこそ、見事な演奏を成し遂げられたのだ!

妄想の果てに

「いいようにされて、音楽家の人は怒ってないんですか?」
「いや、べつに。ケラケラ笑ってたよ。『へんなカッコで写っててさあ!』なんてね」
「大物になると、小さいことなんか気にしないのかな」
「どうかねえ。でも、新興宗教ってのは、そういうことやるんだねえ。まあ、信者ほしいだろうしね」

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N氏はいつものクセで自分に置き換えて妄想してみた。

どこかの超能力者から本のゴーストライターを頼まれる。この手の案件は苦労するパターンが多い。でも、やっと原稿を書きあげたと思ったら、それが「超能力を送ったからだ」と言われたら「じゃ、超能力で原稿書いてみろ!」とでも言いたくなりそうだ。

「ボクも気をつけなきゃ」
「え、なんて?」
「い、いや、べつに……」

つい、大物ライターになった自分を想像してつぶやいてしまった。N氏は4,200円の調髪代を払い、帰り道で焼き鳥を買い、自転車をこぎながら思った。

その音楽家のギャラって、いくらだったんだろう?十万単位か? それとも百万くらい?やっぱり新興宗教が出す金額なんだから、でかいんだろうな。

ペダルを漕ぎながら、自分が招かれたらいくらかな?とニヤニヤ妄想した。

そのころ、自転車のカゴの中では事件が起きていた。焼き鳥の袋から串が突き出て袋を破り、カゴや前輪をベトベトのタレまみれしつつあったのだ。

帰宅したN氏が泣きながらベトベトの自転車を拭いたことは言うまでもない。

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