カラオケボックスで暴走するオヤジ
持ち歌に起こった、露骨な嫌悪感
先日、地元の小さなカラオケボックスがいつのまにか消えて駐車場になっていた。今やカラオケボックスに行く人も少なくなってしまったのだろうか。
これはカラオケボックス全盛時代のお話。ある意味ではいろんな人に思い当たる、カラオケあるあるかもしれない。
その夏、赤坂において、N氏も出席して十数人によるカラオケ大会が開催されていた。
全員が持ち歌を歌い狂ったわけだが、宴もたけなわというその時、事件は起きた。N氏が『朝日を見に行こうよ』を歌い終わったときである。
「誰の歌だっけ?」
まばらな拍手のあとで、数人から質問が出た。
「なんだ、みんな忘れたの?SMAP(当時は解散前)だよ」
すると「えーっ?!」という思いがけない大反発。彼らはなぜか、不満げな顔をしている。
オレがSMAP歌っちゃ、いけないのか?
「ちょっと待てよ。えーっ、ってなんなんだよ?オレがSMAP歌っちゃ、いけないの?」
「そういうわけじゃないけど……」
参加者は大人なので、それ以上言わず、おたがいに目配せなどして、それぞれ歌本に目を落とし、曲を探すふりをしたり、急に飲み物のメニューを確認したりし始めた。
N氏はおさまらない。
「なんだよ、はっきり言えよ。それって、なんか俺のキャラクターがSMAPに合わないってことなのかよ?」
「いや、べつに……」
「百歩譲ってさ、まあいいよ、それだけならまだ許せるよ。でもさ、オレがSMAPを歌ったことで、『SMAPが冒涜された』みたいな空気が漂ってるのはなぜなんだ?!」
大人のメンバーは目配せをし合う。
「そんなことないけど……」
「そのアイコンタクトやめろ!サッカーやってんのか、お前らは。ノールックパスか?ジダンみたいに頭突きしちゃうぞ!」
取り合わずに、メンバー同士が大人の対応をする。
「ほら、うるさいから、次の歌えよ、だれか」
「いや、まだ話は終わってない! オレがなにを歌おうといいじゃないかよ。それともオレがSMAP歌っちゃダメってこと?」
「そんなことないよ、うるさあいなあ」
大人げないオヤジの暴走
「そもそも、オレがウケねらいで歌ってるの、みんなわかんないのかなあ」
おずおずとする大人の出席者たちの中に、はっきりモノを言う人間がいた。
「ウケないと思う」
このひとことにN氏はカチン!
「うるせー! もうアタマきた! お前らみんな、こうしてやる!」
彼はおもむろにインターホンを手に取って、叫んだ。
「延長お願いします!あと100万時間!」
電話口からの店員の冷笑。室内では非難轟々の大反発。
「何言ってんだ、このクソオヤジ!」「なにするのよ、帰れなくなっちゃうじゃん!」「終電なくなっちゃうよ!」
N氏はもはや聞く耳を持たず、悪魔の笑みを浮かべた。
「へへへ、朝になったら帰れるさ。オレはな、歌い出したら、電車なんか気にしないんだよ!」
ひとしきり歌い、時間が来た。
ふと、酔った目で見回すと、遠い連中は帰っていた。残りは自宅が「渋谷」「千駄木」という山手線内のメンバーだけ。いちばん遠いのは自分だった。
肩を落としてタクシーに乗る。
「あの、あと5,000円しかないんですけど、世田谷区まで大丈夫ですかね?」
「あ~深夜料金になりますからねえ、どうかなあ」
「じゃ、行けるとこまで……あとは歩いて帰ります」
N氏は拾われたばかりの猫のようにビクビクして、料金メーターを見守った。
完
🎙️以前にこの記事を書いたときに、 Sさんからこんなコメントをいただきました。 なるほど確かに!と思ったので、こちらに紹介させて頂きます💓
「毎回面白いっすねー。カラオケのあの自分のイメージを考慮しつつ選曲しなければいけない感はイヤっすよねえー。
『お、Sさん次、洋楽っすか?』って歌えねえよっ!ての。
しかも、そこにはなんかこの人洋楽バカみたいなニュアンスもあったりして。で、結局、妥当なサザンとか歌うんですけど・・・」
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