何度もつまらない原稿を読むスピーチをした。

俺は、思ってること言おう、というのを意識せず割とどこでも言う。

就活生にも、先生にも、歌を歌う人にも言う。

色んな考え方はあるけれど、俺はそれを大事にしてるし、何よりそれが好きだ。

さっき、就活生の子と話をしていて、面接練習をしたのだけど、固くなると、一気に用意していたテンプレを語り始める。つまらない。ああ、つまらない。だんだん頭に入ってこなくなる。

俺は、臨場感というものが好きだ。校長先生の話は嫌いだ。なぜか。つまらないからだ。用意されたものをこなそう、という態度は、激しく情報量を失わせる気がする。嫌いだ。

でも、用意されたものを今この場で放つ、という態度もある。これは別のところで触れよう。

まぁ、今この場にあるもの、というものが好きだ。

それは、俺が割と学生の頃から人前で話す経験が多かったからだと思う。

生徒会長をやっていた。毎月、「生徒会長のお話」というのがやってくる。今思えば、なぜ同世代の話を十数分聞かないといけないのか謎のイベントだけど、まぁ、やってくる。

何度も失敗した。そして、何度もつまらない原稿を読むスピーチをした。はやくなったり、とちったりしながら、最終的にたどり着いたのは、自分らしく話したほうがよくね?ということだった。

俺は国語ができたので、文章を書くのも上手だった。なので、原稿は書ける。そして、その緊張の十数分を乗り切る。

つまらん。

そして当然、聞いてる方も何話してるかわかんなかっただろう。

そういう経験を、何度もしてきた。路上ライブもやった。歌にも同じことが言える。研修もやった。プレゼンもやった。講演もやった。授業もやった。大きい会場でも歌った。

全部、同じだった。そして、思ってること言うの、大事やん。とやはり思うのであった。

だからこそ、それが一つの自分の哲学のようなものとして残っている。

ちょっとテンションが上がってきてしまった。


先生という仕事も、同じだと思う。人の教室を見て思ったのは、「正直じゃないクラスの子どもって、微妙だな」ということだった。ウケることを言ってる。俺も、当然100%いい先生じゃなかった。俺がお手本というわけでなく、ただ見ていて、微妙だった。芸術として、美しくなかった。

その逆もしかりだった。正直な先生って何かくだらないこと、おいおい、ということ(「帰りたい」とか)言ってても、子どもがなついていた。そういうことだと思う。

ということで、本当のことを言う、というのは大事だと思う。という話でした。就活生と話していて、なんか思い出したので、記しておきました。何か役に立てば何か場を設けるなりしたいと思います。きっと役に立つと思います。

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