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Comet Interceptorとは?いま再注目されているフライバイ探査の魅力を解説

Comet InterceptorミッションがESAの中で正式に採択されました.本ミッションの中で,JAXAは30kg級の超小型フライバイ探査機(探査機B1)を提供する計画を立てており,現在,プロジェクトの準備を進めているところです.本寄稿では,Comet Interceptorの魅力と将来展望について記そうと思います.正式な寄稿は,こちらを参照ください.

Comet Interceptorミッションとは

Comet Interceptorミッションとは,その名の通り「彗星(Comet)」を「迎え撃つ探査機(Interceptor)」です.やや物騒な名前に思われるかもしれませんが・・・彗星に向かって航行し,高速で通過しながら理学観測を行う(=フライバイ探査を行う)という純粋な科学ミッションです.Comet Interceptorの最大の特徴は,まだ発見すらされていない長周期彗星が,地球近傍に接近して発見された際に,すぐ探査しにいくという”即応型(Rapid-response)”のフライバイ探査ミッションだということです.Comet Interceptorでは,即応型のフライバイ探査を実現するために,太陽と地球のL2ラグランジュ点(=太陽重力と地球重力と遠心力が均衡しているため,軌道変更しやすい)にて,彗星を待ち受ける予定をしています.

では,なぜ敢えて,「まだ発見すらされていない長周期彗星」を狙って探査するのでしょうか?実は「まだ発見すらされていない長周期彗星」は,遠方に留まり続けていたことから,太陽からの熱による影響を殆ど受けておらず,水氷や有機物をたくさん含んだ”太陽系の始原的な状態”が保たれていると考えられています.こうした長周期彗星は,太陽から10,000au(天文単位)以上離れたところにあると言われているオールトの雲(Oort cloud)が起源だと言われています.現在,人類が飛ばした探査機の中で,太陽から最も離れたところを飛行しているボイジャー1号ですら156auの太陽距離(2022年6月17日現在)にいるので,探査機を直接オールトの雲に送ることの難しさは容易に想像できると思います.そのオールトの雲にある天体を,天体の方から接近してくるところ待ち受けて探査するミッションこそが,Comet Interceptorなのです.

どのような天体が来るか分からないので,場合によっては太陽系の外からやってくるオウムアムア(ʻOumuamua)のような恒星間天体が探査できるかもしれません.もしこうした天体を探査することができたら,世界で初めて太陽系外の宇宙にある物質を直接探査できるのです.

来るか分からないものに探査機を送り込むわけなので,本当に面白い天体がやって来るのかどうかは一種の賭けになります.そのような予測不可能なリスクは,通常の宇宙科学・探査では避けられる傾向にあります.日本の宇宙科学・探査は,このような予測不可能なリスクの高いミッションに,敢えて挑戦することで世界に存在感を示してきました.近年,成熟してきた小型・超小型宇宙機の技術を活用して,世界的にも「予測不可能なリスクの高いミッション」に挑戦する動きが出てきました.その一つがESAのF(Fast)クラスミッションです.そして,ESAは,このFクラスミッションの初号機として,Comet Interceptorを採択しました.日本は,そこで30kg級の超小型フライバイ探査機(探査機B1)を提供することになっています.日本としては「こんな面白いミッションをESAにやられてしまった!」という気持ちと,「こんな面白いミッションを実現するために,日本をパートナーに選んでもらえて誇らしい!」という気持ちの両方が入り混じっています.

その理学的な価値も去ることながら,JAXAとしては,このミッションをきっかけとして,超小型宇宙機による挑戦的なミッションを繰り広げるための礎を築きたいと考えています.現在のJAXAでは,失敗するリスクを最小限に抑えてプロジェクトを遂行するアプローチが主流となっています.超小型宇宙機による挑戦的なミッションを繰り広げるために,多少のリスクを許容しながら,超小型宇宙機らしさ(開発期間の短さ・コストの低さ・開発チームの規模の小ささ)を最大限引き出せるアプローチが必要になります.NASAでは,SIMPLEx (Small Innovative Missions for Planetary Exploration)プログラムという,リスクを許容した挑戦的な超小型プログラムが始まっています.こうした情勢の中で,JAXAとして世界に勝負できる超小型プログラムの1発目を,Comet Interceptor搭載の探査機B1が担っているのです

いま再注目されているフライバイ探査の価値

Comet Interceptorでは,高速で通過しながら理学観測を行うフライバイ探査方式が採用されています.フライバイ探査というと,ボイジャー等の惑星探査機で有名となり,時代と共に「ランデブー(対象天体の周りに留まり続ける)」「ランダー(対象天体に着陸する)」「サンプルリターン(対象天体に着陸し、物質を持ち帰る)」と発展してきました.このような文脈で考えると,はやぶさシリーズでサンプルリターン探査を成功させた日本が「なぜ今さら,フライバイ探査をするの?」という疑問が出ても不思議ではありません.実は近年,Comet Interceptor (ESA/JAXA), DESTINY+ (JAXA), Lucy (NASA), Janus (NASA), NEA scout (NASA)等,世界各国がフライバイ探査に再注目しているのです.では,なぜフライバイ探査が再注目されているのでしょうか?

フライバイ探査が注目されている背景には,「減速せずに探査できる」というフライバイの特徴があります.減速しないために以下のような探査が可能となります.

  1. 「ランデブー」「ランダー」「サンプルリターン」ではアクセスできない”面白い天体”を探査できる

  2. 1機の探査機で複数天体を探査することが容易になる(マルチフライバイ)

  3. 減速しない分だけ燃料が少なくて済むため,超小型・小型探査機での探査が容易になる

例えば,Comet Interceptorでは,長周期彗星(1つ目の観点)を超小型・小型探査機で探査(3つ目の観点)するために「フライバイ探査」を選択しているのです.

DESTINY+が目指している「マルチフライバイ(=1機の探査機で複数天体をフライバイ)」という2つ目の観点の価値についても少し補足します(DESTINY+の魅力と展望に関する詳しい解説は,別途改めて記したいと思います).現在,太陽系内には100万個以上の小天体(小惑星と彗星を含む総称)が発見されています.そのうち,探査機によってこれまでに直接探査された小天体の数は約20個であり,小天体に関する統計的な情報が不足しています.JAXAのサンプルリターン探査の頻度は10年に1回程度なので,100万個以上存在する小天体に関する統計的情報を得るには時間が掛かりすぎてしまいます.そこで注目されているのが,1機の探査機で複数天体をフライバイする「マルチフライバイ」探査です.実は,フライバイ探査であれば,およそ1年に1個の頻度で小天体フライバイが可能なのです!

JAXA宇宙科学研究所は,より深く探査できる「はやぶさ」方式の「サンプルリターン」と、より広く探査できる「DESTINY+」方式の「マルチフライバイ」を相乗的に組み合わせながら,新しい小天体探査戦略を繰り広げようと計画しています.「サンプルリターン」だけでも「マルチフライバイ」だけでもダメで,その両方を組み合わせることで,ようやく太陽系の真の姿に迫ることができるのです.

Comet Interceptorは,対象天体が発見されたらすぐに探査しに行くという「即応型」の探査を「フライバイ」で実現する「即応型フライバイ」探査を実施します.「フライバイ」は減速しない分だけ早く対象天体に到達できるので,対象天体が見つかった後になるべく早く探査しに行きたい「即応型」の探査との相性が良いのです.

実は,即応型フライバイ探査のニーズは,長周期彗星・恒星間天体の探査以外でも存在します.映画「アルマゲドン」のような小惑星衝突の脅威から地球を守る”プラネタリーディフェンス”の分野です.幸い,現段階で近い将来,地球に衝突し得る小惑星は確認されていません.しかし,全ての地球近傍小惑星が監視されているわけではないですし,小惑星の予想軌道には誤差がありますので,1つの都市に壊滅的な被害を及ぼし得る小惑星が発見される可能性は残されています.そのため,プラネタリーディフェンスは,大雨・地震等の自然災害と同様に真剣に考えられるべき話題です.プラネタリーディフェンスでは,地球に衝突する可能性がある小惑星(PHAs: Potentially Hazardous Asteroids)を発見・監視・予測し,もし地球に衝突することが判明したら,「小惑星の軌道を逸らす(=デフレクション)」か「小惑星を破壊する」かの衝突回避策を講じます.いずれの衝突回避策であっても,小惑星の特性(質量・直径・組成・間隙率等)によって取られるべき対策が異なってきます.例えば,軌道を逸らすつもりで探査機を衝突させたときに,誤って小惑星を破壊してしまうと,被害が拡大する恐れがあります.そのため,小惑星が地球に衝突することが判明してから,衝突回避策を講じるまでの間に,なるべく早く探査機を送り込んで,小惑星の特性を把握するミッションが求められます.そこで,「即応型フライバイ」探査が求められるわけです.このプラネタリーディフェンスの話題は,2022年4月に公開された米国の惑星科学・アストロバイオロジーに関するDecadal Survey(10ヵ年計画)の中でも言及されています.その中で,米国は2032年末までに即応型フライバイ探査によるプラネタリーディフェンスミッションを遂行する計画を示しています.

日本が目指すべき小天体フライバイ探査の将来構想

こうした世界情勢の中で,日本として,どのような小天体探査を繰り広げるべきでしょうか?特に小天体フライバイ探査(即応型フライバイやマルチフライバイ)は,どのような方式で実現すべきでしょうか?その答えの鍵を握るのが「小天体フライバイサイクラー軌道」であると考えています.

「小天体フライバイサイクラー軌道」というのは,地球→小惑星#1→地球→小惑星#2→地球→…と地球と小惑星を交互にフライバイしていくような軌道です.地球フライバイを行う時には,地球の重力によって軌道が曲げられてしまいます.これを効果的に用いる(=いわゆる,スイングバイを行う)ことで,ほとんど燃料を用いずに,多様な小惑星をフライバイすることが可能となります.「地球→小惑星X→地球」という軌道遷移に要する時刻は,約半年,約1年,約1.4年,約1.5年…と不連続に存在することが知られています.すなわち,この軌道を採用することで,約半年〜数年に1個の頻度で,寿命が尽きるまで小惑星フライバイが実現できるということになります!「小天体フライバイサイクラー軌道」では,ほとんど燃料を消費せずに軌道遷移が可能であるため,Comet Interceptorのような30kg級の超小型探査機を用いたフライバイが可能となります.もちろん,DESTINY+のような480kg級の探査機を用いた方が,能動的な軌道変換能力の高さを活かすことで,よりフライバイ可能な小天体の自由度が広がります.このような超小型・小型探査機は,低コスト・高頻度な開発が可能ですので,複数(例えば,6機)の探査機群を「小天体フライバイサイクラー軌道」に配置することも可能だと考えています.このような,いわゆる「深宇宙コンステレーション」を構築することで,数ヶ月に1個の頻度で新しい小惑星の姿を観ることができるようになるのです!

「小天体フライバイサイクラー軌道」には,もう1つの特徴があります.それは,地球スイングバイ直前に微小な軌道修正を行うことで,当初予定していた軌道とは大幅に異なる軌道に変更することもできるということです.そのため,突発的に探査すべき長周期彗星・恒星間天体・衝突し得る危険な小惑星が見つかった場合,地球スイングバイのタイミングであれば,そちらに向けて軌道変更することが可能となります.大きな軌道変更が可能なのは,地球スイングバイのタイミングのみなので,いつでも即応型フライバイができるようにしておくためには,なるべく多く(例えば,10機程度)の探査機を深宇宙コンステレーションに配置しておくことが望ましいと考えています.

「小天体フライバイサイクラー軌道」方式を用いることで「マルチフライバイ」探査と「即応型フライバイ」探査を同時に実現することができるのです!即応型フライバイのための待ち時間の間にマルチフライバイをしながら待つため,「もったいない」精神で待ち時間を無駄にしないという日本らしいアプローチだと感じています.

小天体フライバイサイクラー軌道による深宇宙コンステレーションを構築する場合,1機の探査機が故障しても,他の探査機でフォローし合うことができるという,いわゆる,地球周回コンステレーションと同様の強みが活かせます.そのため,故障を恐れずに探査機の設計・開発ができ,より挑戦的な技術を取り入れやすくなります.さらには,大学・民間企業が深宇宙探査領域へ新規参入する敷居を下げることも可能となります.そして,多数機の開発・運用実績を踏まえて,小型・超小型深宇宙探査機の品質・信頼性に関する統計的情報が得られるという観点も大きな強みになると考えています.

本提案方式を実際に採用するためには,いくつか技術課題が存在します.最も大きな技術課題が,探査機の高度な自律運用技術です.現在,深宇宙探査機の運用は,直径30m〜60m程度の深宇宙用アンテナ(美笹,内之浦,臼田等)を用いて行われています.このような深宇宙用アンテナは国内に数基しか存在せず,10機以上の探査機を通常通り運用しようとすると深刻な競合が発生し,「地上局の運用可能時間」というリソースが枯渇してしまいます.そのため,ほとんど手放しで小天体フライバイできるほどの「自律運用」が必要であると考えています.DESTINY+やComet Interceptorでも自律運用技術は1つのキーワードとなっており,これらの探査機開発を通じて自律運用技術を獲得することで,将来の小天体フライバイサイクラー方式の実現性を高めることができます.

本提案方式のパイロットミッションは,挑戦的な技術を実証する意味でも,月軌道ゲートウェイ等の国際宇宙探査の相乗り機会を積極的に活用し,短期的・アジャイル的に開発を進めるアプローチが望ましいと考えています.そこで定まった探査機の開発仕様を元に,複数探査機をまとめて製造し,イプシロンロケット等の小型ロケットで複数機同時に打ち上げて深宇宙コンステレーションを構築する方式が理想であると考えています.また,複数機開発する必要があるため,統一的な規格を用いて,国際協力で実現することも考えられます.詳細には「深宇宙コンステレーションに配置する探査機数」と「個々の探査機の軌道制御能力」はトレードオフの関係にあるため,狙いたい小天体が探査できるような最適な探査機数および探査機サイジングを今後検討していきたいと考えています.

まとめ

本寄稿では,Comet Interceptorおよびフライバイ探査の魅力とその将来展望について記しました.JAXAとしての超小型探査機を活用した深宇宙探査は,ようやくスタートラインに立ったばかりです.今後,Comet Interceptorがどのような世界を切り拓くのか,どうぞご期待ください!

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