シシテル #儚視

「一葉兄ちゃん!」
「どうした?双葉」
「楽しかった!また明日も遊ぼ!」
僕は差し出された幼い手を握り返すことしかできなかった。
「どうしたの?一葉兄ちゃん?」

7歳の僕はこの時、葛藤というまだ聞いたことのない言葉と戦っていた。

「双葉あのな…お兄ちゃん…」
「どうしたの?」

だめだ…言葉が出てこない…

泣きそうになる表情を必死に笑顔で誤魔化しながら弟の幸せそうな可愛かった笑顔から目を逸らす。
「遅くなる前に帰ろうか。」
「うん!」

弟と会話を弾ませながら帰り道を2人で歩く。
いつもの交差点で信号が変わるのを待っていると、そこには花束やお菓子とジュースが綺麗に並べられてある。
その下にはうっすらとタイヤ痕と血痕の跡が残っていることを僕は知っている。

「ちゃん!お兄ちゃん!一葉兄ちゃん!!」
「はっ…」
「どうしたの?渡らないの?青い色は渡ってもいいんでしょ?」

弟にそれを見せないように歩き出す。

僕はいつか言わなければならないことがある。

最近おかしなことが起こるんだ。
何かが僕の周りを彷徨く。
僕に今は見えないように。

日常がどんどん変化していく。

この道も草木も空も全てが今までとは違う。

頭がおかしくなってしまったのか…それともこれが普通なのか。

「双葉!また明日も…お兄ちゃんと遊ぼ!」

身長差はそこまでない弟が遥か高くを見つめるような輝くその目に僕はどんどん惹かれていくようだ。

「一葉兄ちゃん大好き!」

あぁ…当たり前じゃないか…僕も大好きだよ。

生ぬるくなびく風が僕の頬を通り抜けなぜか全身に鳥肌がたった。

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