僕と拠り所⑤〜あの大空で〜
木こり「ミチオ…おはよう」
ミチオ「木こり…まだ眠いよ…」
木こり「ほら、行きたいとこあるんだろ?目、覚そう!」
ミチオ「もうちょっとだけ…あったかいから」
木こり「しゃーない」
そういうと、午後2時をすぎた頃に再び目を覚ました俺たちは中学最後の冬休みが潰れてしまったことを後悔する。
木こり「あーぁ、起こした時に起きればよかったのに…暗くなっちまう…」
ミチオ「ごめんってば…」
寒空の元、白銀よりも深く白い息が手袋を忘れた俺の手を温める。
ミチオに背のびをしても追いつけなくなったのはいつからだろうか。
小学生で出会った頃から共に成長をしている俺たちでも毎日一緒にいるとそれが曖昧になる。
そういえば、大きくなったな…
ミチオもそう思っているのだろうか…
母親が作ってくれたご飯も俺と同じ量に合わせてくれてるし、毎日同じように完食する。
ミチオが口に運んだものは全て灰になり
最初は驚いていた母親も今となってはおかわりはいらないのかな?木こり、ミチオくんに聞いてくれる?なんていってくれるようになった。
俺よりも速い足取りで歩く彼の背を見ながら
長靴の中の冷たくなった指先を上下に動かしながら歩く。
ミチオ「木こり!寒いね…」
どこか温かみのある言葉に帰りたいという気持ちが和らぐとどちらが本当の拠り所かわからなくなる。
こいつとならいつまでもどこまでも一緒にいたい。離れたくない。
そんな思いが心から溢れてくる。
?「ハッ…ハクション」
俺とミチオはその音がする方向を振り向くと
そこには青いミトンの手袋と耳当てのついたニット帽をかぶる1人の小さい子供が通りがかりの石碑の前にしゃがみ込んでいた。
いつからいたのであろうその頭と肩には粉雪が少し積もっている。
木こり「君、大丈夫?」
その子は口を開くことなくこちらをじっと見つめる。
ミチオ「ほらそのままだと風邪をひくよ早くお家に帰らないと、お母さんやお父さんは?」
?「いない…誰も」
木こり「君、名前は?」
?「カケル」
木こり「カケル君か!家まで送ってあげようか?」
カケル「誰もいない…」
ミチオ「そうか…それじゃ」
そういうと、ミチオが羽織っているダウンジャケットを脱ぎカケルに頭から被せる。
カケル「あっ…」
ミチオ「あったかいでしょ?ここにいても何も変わらないから、僕たちと初詣行かない?」
カケル「でも…ここで待っていたい…でも…寒い」
木こり「なら、神社には毎年あったかい玉こんにゃくとかおしるこあるから、食べてからまた戻れば良い。今はカケル君のことが心配だ…ほらおいで」
なぜか私から顔を背けている…
ミチオにはベッタリくっついてる。
俺はこの子に優しく接してあげられてるだろうか、言葉にどこか棘があったかと自身に問うが数秒見つめあったのち、また目を逸らされた。
ミチオ「ほら、おんぶ」
腰を下ろして両腕を後ろに回すとその子は吸い込まれるようにミチオの背中に抱きついた。
ミチオ「昔の木こりみたい!」
俺もこんな感じだったのかな。
大きな背中のぬくもりに笑みを浮かべるその子の表情を見て少し安堵する。
木こり「行こうか。」
ミチオ「しかし、どこで何をしているんだろう。」
木こり「分からん。でも、こんな寒い中あそこに1人で待たせるのはどうかと思う。警察とかに連絡したほうがいいかな?」
ミチオ「なんで?…確かに酷い事かもしれないけどすぐに迎えがくるかもしれない…そうなったら僕たちが悪いことしてるように見えちゃうよね。」
一度立ち止まり、財布から取り出したレシートの裏ににカケル君と神社にいますと俺の名前と自宅の電話番号を書き、なるべく濡れないように雪を退けて石碑の横に置いた。
木こり「……これで大丈夫…かな?」
2人のところに戻るとカケルはミチオの背中で深い寝息を立てていた。
ミチオ「寝ちゃった…いつからいたんだろう…」
木こり「疲れてるだろうし、不安だっただろうし、いつからいたかはわからないけど、とりあえず暖の取れる足立のところに行ったほうが良さそうだ。」
ミチオもそれに頷き俺たちはなるべく大きな音を立てずに歩くことにした。
途中神社の凍りついた急な坂道に何度か転びそうになりながら歩みを進める。
木こり「そういや前来た時は足立のことおぶってたよな」
ミチオ「そうだね。僕がここを登るには何かを背負ってないといけないっていう呪いがかかってるのかもね!」
木こり「そんな、たまたまだろ?」
くすくすと微笑を浮かべて歩を進めると参道に数軒の屋台が見えた。
木こり「うぉ、ミチオ!たこ焼きとおでん売ってる」
ミチオ「本当だ!甘酒もあるよ!」
神主「おっ?やっと来たか〜」
木こり「足立君のお父さん!明けましておめでとうございます。」
神主「明けましておめでとう。今年も息子をよろしくね!大丈夫?あれから何も変なこと起こってない?」
木こり「変なことしようとしたのそっちじゃないですか…」
神主「いや、あれは本当にすまなかった。ミチオも本当にすまない。ところでその子は?」
ミチオ「カケル君です。」
木こり「ここにくる途中、外で1人凍えていたから放っては置けなくて連れて来ちゃいました。」
神主「おーそれはそれは、早く中に入って暖をとりなさい豚汁に玉コン、毎年町内で話し合って出し物をしているんだ今年はみんな気合が入っていてね!…しかし…木こり君は何にでも優しいんだね」
そういうと拝殿へと案内され中には田舎の冬の定番、石油ストーブがありその上にはお餅や蓋が半分空いている鍋が乗っており、少しひんやりする場所もあるが、じんわりと冷え切った俺たちの体を芯から温めてくれた。
木こり「あったけ〜、カケル?」
ミチオ「まだ眠ってるよ…木こりストーブの前陣取らない!カケル君をお願い」
ああ分かったと、両手をその小さな体に差し伸べると少し、違和感を感じた。
木こり「おっととと、意外に重いのな…よーし、これであったまるだろう!」
ミチオ「僕たちもあったまろう!」
そうしているうちに神主が豚汁とおでんを持ってきてくれた。
神主「さ〜冷めないうちに…」
そう言いながらストーブの上の鍋の蓋を開けると、甘い香りと共にいっきに解き放たれた蒸気は高い天井にたどり着くことなく消えた。
ミチオ「おしるこ!」
神主「ちょうど今餅も焼いていたところだ。しるこ餅にして食べてみるといい…」
木こり「あれ?そういえば足立は?」
神主「最近はゲームに没頭していて部屋から出ることがなくてね…次に会った時には木こり君からもビシッと言って貰えると助かるな。それじゃゆっくりして行ってね!」
そういうと草履を履いて出て行く神主を背に
普段は明るくてお調子者なのにと、頭の中で考えながらもあいつ自身こういう行事とかは嫌いなのだろうと察しは付いていた。
後でモゾモゾも何か動く気配がしたので振り返ろうとすると、寝ぼけたままカケルが座っていたミチオの手を掴み涙を流していた。
ミチオ「カケル君!?」
木こり「やっぱりつれてきちゃまずかったか?」
カケル「〇〇○」
ミチオ「やっぱり戻りたいのかな。」
その時カケルが目をぱちりと明けてミチオにしがみつき大声で泣いた。
木こり「どうした?」
ブンブンと顔を横に振りながら泣き喚く姿に俺は困惑したが、ミチオは優しくカケルの元にお椀を差し出した。
ミチオ「長い間寒かったね…ほら、おしるこ!お餅も入ってるよ!どうぞ!すごく甘くて美味しいんだ!」
カケルがそれを口に運びフーフーと一生懸命頬張る姿を見て俺は涙が溢れそうになる。
木こり「そうか…」
ミチオ「まさか木こり…今更かい…?」
視界にはいないはずの神主がどこかで微笑んだような気がした。
パンパンと大きく柏手を打つ音が聞こえる。
そこにはおそらく30代であろう若い夫婦の姿が見えた。
その2人はどこかとても悲しい表情をしている。
カケル「あっ、お兄ちゃん」
そう言って初めてこちらを見て話してくれたカケルの目を見て思わず涙がこぼれてしまった。
カケル「これ、あの人たちに渡して欲しいんだ。」
そう言って自分の身に付けていた青いニット帽と手袋を俺に差し出した。
木こり「ダメだ…そんなの…ダメだ」
ミチオ「木こり…落ち着いて」
不安とと悲しみが一気に押し寄せてくる。
俺たちの声に外にいる夫婦が反応し、首を傾げている。
本当は嫌だけど俺はこの気持ちを堪えることにした。
木こり「あの!すいません!!」
その言葉にあたりの空気が凍りついた。
あの夫婦もびくりとしたまま固まっている。
俺は彼らの元へ、近づきたくない彼らの元へ一歩ずつ、カケルから受け取ったものを持って歩みを進める。
距離が2メートルほどになった頃だろうか、
母親「あの…それは」
俺の手に持っているものを2人は凝視したまま、靴を脱ぐことなく拝殿へと、俺の元へとブルブル震えながら近づいてくる。
カケルの様子が気になって後ろを振り向くと、おしるこの中身が全て灰になっていた。
父親「君………それをどこで………」
母親「タケル………」
その言葉を聞いた途端、俺の考えが確信に変わり膝から崩れ落ちて泣いた。
父親「それは息子が気に入っていたものなんです。どこで、それを………」
母親「………」
俺は出血するほど唇をかみしめて、涙を押し殺して口を開く
木こり「ここにくる途中石碑の横に男の子がいて、寒そうだったから…ここまで連れてきたんです。本人は誰かを待っている様でした。多分、ずっと待っていたんだと思います。その子があなたたちを見てこれを渡すように伝えたので…」
その言葉に夫婦もまた膝から崩れ落ちてわんわんと泣いていた。
母親「タケルが病気でもう助からないってお医者さんから言われた時に、1日だけ許可が降りて外出した日があったんです。その時に3人で出かけていると急にどこかへ走り出してしまって、私達が追いつこうにもその時は不思議と追いつけなかったんです。それから1分もしないうちにタケルが戻ってきて、だいぶ息も上がって興奮していたのでもう帰ろうとした時にニット帽とミトンがないことに気づいたんです。それをどこにやったのか聞くと友達にあげたと…普段から大切にしていた物だったのでいいの?と聞くと大切な友達だから大丈夫だよと言うんです。そして最後はあなたのいう石碑に向かってじゃぁ、またねって、誰もいないところに手を振るんですよ。それから半年経って………タケルは………」
父親「もう、それ以上はいい」
そう肩を抱き抱えて夫婦共々涙を浮かべる姿に、俺もまた、涙が込み上げてくる。
ここで真実を伝えたら、変な人だと思われるだろうか。怒られてしまうだろうか。
そう考えていると俺の方から両腕が伸び体にあいつの暖かさが伝わる。
ミチオ「ほら、後ろ」
そこにはカケルと同じくらいの歳の子が豚汁を取り合っている姿が見える。
2人の顔はとても幸せそうだった。
その姿に少し安堵して見ているとカケルと目があった。
彼は深くお辞儀をした後に口元が伸びツノが生え、身体中が白い毛で覆われて行く。
その小さな体からはとても想像がつかない大きな、まるでおとぎ話にでも出てくるかのような白い龍へと変わった。
もう1人の子はきっとタケル君だろう。
タケル君がその龍の背中に乗るとボンッと拝殿に大きな風が舞い大空へと飛び立った。
その衝撃は夫婦の元へ辿り着く頃には微風となり、2人は何もないところからの風にとても驚いた顔をしている。
ミチオ「伝えなくても、分かることもあるさ。」
タケル「お母さん、お父さん僕は元気だよ!皆とあえて本当に良かった!だからもう心配しないでね!」
その声が届いたのだろうか、夫婦は嗚咽を漏らし大粒の涙をこぼしている。
父親が賽銭箱に向かって財布の中身のありったけを取り出すと、その腕を神主が掴む。
神主「それはいただけません。次のお腹の中に宿る命にお手を合わせ今はお二人共々頑張るのです。」
木こり「タケル君はきっとずっと元気ですよ。あんなに優しい拠り所がいる。だから、お父さん、お母さんも安心して、笑って過ごしてください。それが彼らにとっての幸せにつながると思います。」
2人が神社を背に去って行く中で、俺は2人を止めた。
木こり「すいません。最後に…」
俺とその夫婦の間に一筋の光が刺し雪が止み青空が広がった。
母親「お腹の中の子供…カケルっていうんです。この大きな空でも大切なものを自分の足で見つけて駆けて行けるように…」
父親「お前…」
母親「…今私…なんて?」
木こり「私からいうまでもないですね!それでは、お気をつけて」
もう振り向かないように、涙を見せないように俺は拝殿に戻った。
そこには俺とミチオと装飾品がある広い空間が広がっていた。
どこかそれを寂しいと感じたのは俺だけではないはず。
ミチオ「本当に分からなかったの?」
木こり「おん…」
ミチオ「僕のダウンジャケット普通に着てたよね?」
木こり「あっ…」
ミチオ「それに僕は、家族の心配じゃなくて拠り所の心配をしてたんだけど…」
木こり「もっと早く言ってくれ…」
ミチオ「だって普通に見えてるから…」
木こり「まさか神様だとは…」
ミチオ「木こりらしいね!ほら、玉コン」
木こり「あっ」
ミチオ「あっ、ごめん」
ミチオが差し出した玉蒟蒻が一瞬で灰になった。
木こり「ミチオまた…お前らしいや」
足立「玉コン」
俺の頬に激痛が走る。
木こり「あっちぃ」
足立「先輩あけおめからの人龍召喚あざっす」
木こり「いつからいたんだよ、あっちぃなぁ」
ミチオ「足立君!明けましておめでとう!」
俺のすぐ横にパジャマ姿で頭がボサボサの足立がとても疲れ切った顔でこちらをニヤニヤしながら見ていた。
足立「何かが鳥居潜った時にものすごい力感じて、驚いて外出ようとしたんすけど寒くて一回部屋の中戻ってからスマ○ラ終わってきて見たら、木こり先輩やないかーいって…またすごいもん正月から連れてくるなと思って遠巻きに見てたら少し泣けたっす。」
千秋「あれ?皆いる?あけおめー」
千鶴「明けました。おめでとう。」
木こり「なんだ皆、このタイミングで、」
千秋「いやー、千鶴に神社がやばいって言われたから急いで来て見たらなんでもなかった……あっ、ミチオやっほー」
ミチオ「やぁ、千秋、明けましておめでとう。」
千秋の顔が少し赤くなってる気がした。
足立「千秋先輩あけおめっす!まーた木こり先輩と揃いも揃って変態ばっかだな…あーまだ正月なんですからー落ち着いて…どーどー」
俺と千秋は同時に足立の頭を引っ叩いた。
千秋「うるさい!」
木こり「お前もうるさい!」
ミチオ「まぁまぁ、落ち着いて…」
千鶴「龍と狐と蛇…ご利益の賜…おーーー」
千鶴が指さす空を見上げると快晴の青空が広がっていた。
正月からみんなと会えて少し幸せになった。
ミチオが千秋の頭を撫でて、それ私にもと千秋が照れながら言っている。
それを見た足立はまたニヤニヤとして千秋に殴られる。
そんなバタバタした年明けも悪くはないなと思った。
ふと拝殿から上を見上げると2人からのありがとうという言葉が聞こえた気がした。
空の向こうに幸せな2人が笑顔で過ごしていることを、きっと、いつまでも…
願っている。
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