創刊サンデージャーナル 2

 その弐 時の過ぎゆくままに

 さて一連の騒動が去った山間の村で、足場工事が始まっていた。六月の野外フェスティバル開催に向け、慌ただしく人が出入りしている。
 三人の女の子が端の方にいる。〈あんせるめ〉と名付けた地元アイドルグループである。後々、まさかこの一枚から騒動につながるとは誰が予想しただろう。歌は世につれとは昔の話。肝心のマイクに電力すら入らない。そんな状況が訪れたのである。
 小さな村で主催する今回の音楽会。当然、都から人も押し寄せてくる。その大半は〈あんせるめ〉目当てのファンであった。何と言っても待望のデビューシングル初披露、行かない理由はない。過疎が広がる地域では久しぶりの朗報であった。
 専門学校の掲示板から手を挙げた青年がいた。
 現地滞在、ミュージックビデオの編集者大大大募集。こんないい案件、世界中探してもありはしない。
 出演者発表以来、期待度は増すばかりだった。最終日は世界中から人気DJが集まり、夜通し踊る。音楽ファンはもとより、地域住民も観光地としての知名度を高めようと心待ちにしていた。
 渦中のA君は語る。
「アイドルのミュージックビデオでしょう。楽しくないわけがないんです。僕は指示通りその村に電車で向かいました。ノートパソコン持参です」
 廃車寸前の線らしく、なるほど自分と同じ年齢の者はいなかった。山から山へ、停車駅から畔道の中、ようやく民宿に辿り着く。玄関口で受け取った外付けUSBドライブ。果たして再生していいのだろうかと三十分悩んだという。別にニャンニャン(死語)画像ではないはず。
「こっちはバイトのつもりでしたし、編集の仕事がやりたくてわざわざ山の中に身を隠したんです。静かな場所で集中できますからね」
 それから宿にて編集作業が始まった。
 かくしてデビューシングル『桜ソングなんて歌わない』の映像公開は完成に近づいていた。がらんとした遊園地。つい数年前まで人で溢れていたのに、今では幽霊スポットで名を馳せている。止まったままのメリーゴーランドに笑顔で跨る三人。大丈夫、足はある。
 センターを務めるカナ。麟。もなこ。グループ名は有名な指揮者から。イベントでの初歌、後にその模様をケーブルテレビで放送という流れを汲んでいた。合わせて廃墟で撮ったプロモーションビデオも流す。   
「データが消えた時は血の気が引きました」
 突然、PC画面にパンダの絵が占拠した瞬間を忘れてない。あれだけ学校で「USB挿入には気を付けろ」と聞いていたにも拘わらず、A君は潤滑油なしで深く挿してしまったのである。刺激が強すぎたのか、相当なご無沙汰ぶりを発揮、なんと数時間にも渡る暗黒のビープ音を鳴らし続けたのだった。
 応急処置のため、A君は宿の主人に無茶ぶりをする。
「ウィルスバスターください」
 なんと主人、ある番号が書いたメモと共に被害の実態について語り始めた。どうやら専門学校生を狙ったテロが続いているらしく、その多くは夢追い人に対する猛烈な嫉妬らしい。大切なデータを破壊することで、若い才能と意欲を根こそぎ刈り取ることが目的だ。
「でも制作会社からもらったデータですよ。一体、いつ感染したんですか?」
「そりゃお客さん、制作会社のパソコンが感染していればアウトだよ」
 そこでこの番号に電話すれば、どんな悩みも解消できるという。
 ビンセント・プライス似の主人、小声で続けた。
「大丈夫、しっかり義理立てすればいいさ」
 と、皺くちゃの目尻にウインク。
 A君は復讐計画を立てた。村のマフィアに頼んで仕返しする、と決めたのだ。主人からのメモに、〈あなたの頼み、なんでもどうぞ〉とある。只ならぬ予感が走る。
 ビレッジ・マフィアの長、ウルフ吉田氏が言う。
「うちはね、村の揉め事処理してきたの。でも今回のは知らないケースだね。アイドルって〈あんせるめ〉のことだろ? 俺も好きだけど」
 意外にも私設応援団を務めていると明かす。
「彼女たちの晴れ舞台を汚した罪は重い。俺たちがあのライブ会場、抑えてたんだよ。地元住民とイベント会社の仲介買ったわけ。なんか娘が都会で詐欺にあった気分だよ」
 ウルフ氏の動きは早かった。とあるマンションのドアに刺客を差し向けたのである。そこは閑静な住宅街に位置している。山間の村からは相当に離れている。まだ設立二年の会社であるが、C社はウィルスの媒介を通じて急成長した。ウルフ吉田氏は被害者の証言をヒントに男を割り当てた。
 なんでもその男、絶え間なく画面に増殖するパンダに化けていたのだ。パンダから突然おっさんに変わる。親切にも、その顔をクリックすると会社ホームページに辿り着く、という迷惑な宣伝ウィルスだった。
 扉の前に鉈を持った男が一人、隣にはもう一人の男が立っている。折り畳み椅子を手に代表の弁明を待っていた。カメラを担ぐ面々、マイクを向ける面々、押すな押すなの圧し合い饅頭、どうやらウルフ氏の計らいで、決定的な記録を残そうとご丁寧に集結していたのだった。
 バン! 大きな男が椅子でドアを叩いた。
 その時だ。ガラスを割って二人の男が飛び込んだ。手には鉈を、その目に怒りを燃やして。
 周囲の住人は静かだった。怯えて誰も外に出なかったのである。
 凄まじい悲鳴が部屋の奥から漏れてきた。
「警察呼べ。俺が犯人や」
 割れた窓から男が顔を出した。返り血が跳ねていた。続く男の鉈には鮮血がこびり付き、たった今、代表が死に絶えたことを示していた。
 A君は語る。
「なんだか僕の編集で大騒ぎになってしまって」
 その後、C社は代表の死という最悪の結果により解散している。(つづく)